令和5年 7月「還暦祝い茶事」の報告 – 初座 –
私ごとですが、本年令和 5年(2023年)卯年、還暦を迎えます。還暦は 干支が生まれた年に戻る=生まれ直して赤ちゃんに戻る、ということから子供用の袖なしの羽織、ちゃんちゃんこを送り祝う風習ができたそう。赤は魔除けの意味もありますしね。
私は30歳から茶道と華道を伝えはじめました。道具も何も持っていのに。師匠から教わる世界が素敵すぎて。『こんなに素晴らしい、日本文化を知らないなんて、勿体ない!』ただ、それだけの気持ちが抑えられなくて。それから30年経。
思い返すと、弟子たちが初めて自分たちで「茶事」を開いて私を招待してくれたのは、3年半前。私が表千家家元から教授者最高職を頂いたお祝いの茶事でした。(「蓮心会 令和2年「教授者最高職授与祝いの初釜 」で報告しています。)
その時、亭主を勤めてくれた 亜希さんの姿勢、働きが素晴らしく、後輩たちは皆『いずれ亜希さんのような亭主になってみたい』と志し、その時 新たな目標が生まれたのでした。
それから3年半の経験を積み、「時期も熟したかな?」との私の期待と 弟子たちの気持ちが “ 啐啄同時 ” 。弟子たちから今年度、「還暦祝い茶事」を開催しましょう!。というお話に。
しかし、だれか一人で亭主を勤めるのはまだ自信がない。なので、今回は経験が長い深雪さんを中心に、美礼さん、奈月さん、定篤さんの4人のチームで取り組みたいとのこと。
企画・進行が仕事上でも得意な深雪さんが社中の結束を目的に企画書『お祝いの茶事ストーリー』を書きました。本来の茶事は、そのようなもので進行するものではありませんが、なにせ今回は、初めてのことばかり。見守ります。
道具組も自分達で考えるので、物語のイメージも出来てきます。普段の稽古日から茶室の準備を自分達だけでし、庭の手入れや、掃除、そして茶懐石の試作も何度も繰り返しています。
本番開催は、7月23日(日)。参加者が 22人となったので、11人ずつにわかれ、前日22日はリハーサルとし、全員が何かしらで茶事へ参加できるようにしました。
さて、いよいよ 当日。台風は上手く外れてくれ、あっぱれな快晴。本当によそ様の家に招かれた気持ちで玄関前で待ちます。
幹事が企画した「お祝い茶事のストーリー」とともに報告を進めていきましょう。『』内が その企画書の文章です。
『この度、高森先生の還暦のお祝と、日頃の感謝をこめて、蓮心会主催によるお祝いの茶事を開催させていただくことになりました。
一本の竹には平均六十個の節があり、竹ごとに成長点を持つそうです。竹が強く、しなやかに、そして早く成長することが出来るのも ” 節 ” があるからとも言います。暦が一巡し、高森先生が新たな一巡に入られる ” 節目 ” を尊び、お祝いするとともに、社中である私たちにとっても今回のお茶事を一つの節目に、これからも成長していく所存です。』
玄関に兼中斎筆「雨後の青山青 転青(うごのせいざんあお うたたあお)」の短冊。
『お祝いの茶事を開催させていただくことにあたり、私たちは自身の未熟さや力不足を実感しましたが、それでもこうして無事にこの日を迎えることができましたのは、先生のお世話になっている皆様のお力添えによるものです。これからも精進して参ります。』
この一行は「雨によって空気中に漂う塵も落とされ 山に生える樹木も潤いを得て、は鮮やかに青さが冴えている。」という、目の前のありのままの自然の姿を “ あぁ、ありのままだなぁ ” と素直に感じる心と同時に、
「目の前の塵が洗い流されて迷いがなくなり、端々しい生気を放っている。厳しい酒豪の後、自身がそれ以前と変わっている。」という、悟りの境涯も表しているそうです。
この会が始まるまで、皆が無心に 目の前のことに対峙している心持ちと、この会が無事に終わった後の皆さんの悟りの境涯を予感しているようで、とても楽しみになりました。
玄関から「寄り付き」へ。
寄付きの床の間に 即中斎筆の扇面、「南山寿」。
『高森先生の還暦をお祝い申し上げます。先生がご健康で末長くご活躍されますように。また これからも先生にたくさんの幸せが訪れますよう 社中一同お祈り申し上げます。』
「南山」は、中国再安の西南に悠々とそびえる終南山。この山は全山堅固な岩石からなるゆえ「不壊」を意味します。「寿」も「南山」も めでたさを表す縁語に繋がるため、正月などの祝い、特に長寿の祝いの席で好まれます。
「月の恒ゆみはりの如く、日の升(のぼ)るが如く、南山の寿(じゅ)の如く、かけず崩れず。松柏の茂(しげる)が如く、爾(なんじ)に承(う)くるくる或(あ)らざる無し」(「事文類聚」より)
この扇面から祝風が吹き下ろしているよう。期待に胸が膨らみます。
寄付で白湯代わりに頂いた冷たい檸檬水で爽やかに喉を潤した後、半東から「露地へ」との案内があり、露地へは昌平さんが竹を割くことから作ってくれた力作! の潜り戸をくぐり移ります。
綺麗に整えられた露地、苔。
これは 一朝一夕にできることではないですね。
昨夜梅雨明け宣言され、今日は “大暑”。とても暑い最中でしたが、今さっき雨が降ったのかと見まがうほどに水打ちされた木や草を抜け、時折り吹く風が 私たちの心を優しく清めてくれます。
亭主が蹲踞の水をあらため、迎え付けてくださいます。
『今回のお茶事は、先生のおめでたい節目に開催されるものです。また、社中にとってもひとつの成長の節目でもあります。そのため、次に目指す先を見定める良い機会とも言えます。
普段は先のことや雑念に振り回されがちですが、こういった「節目」のタイミングこそ、今一度、大事なことに向き合うことができているかどうかを自分に問いかけていきたいと思います。今後も引き続き、ご指導を賜りたく、宜しくお願い致します。』
ご亭主の深雪さんに迎えられ、初座へ関入りすると、「一箭中紅心 (いっせん こうしんにあたる) 」のお掛けもの。
表千家九代 了々斎宗匠が書かれた一行物で、寄付きに即中斎の箱書がありましたね。
「箭」は矢。「一矢でど真ん中を射抜け。当たらないまでもど真ん中を狙え。」「一点一心に集中する。」
聞けば当たり前のことのようだけと、これがなかなか、簡単に出来ることではあません。「瞬間、ことの本質に対峙する。」「自分がやるべきことからやれているか?」「目の前のことに、集中する!」
今年の初釜、この掛物の言葉に触れた時、皆の中にまるで電気が走るように何かが生まれた瞬間があったのではないでしょうか?
この掛物から、今日という日が始まったことを思い、感無量の気持ちで改めて拝見しました。
皆のなかにそれぞれの形で確実に茶道で培われた意識が育っている。だからこそ、この掛物しかないと感じた。その声が聞こえてきました。
この言葉とともに一日を成功させようと一心になっている皆の姿を頼もしく、そして心から嬉しく感じました。
たっぷりとした松竹文様の真成形の釜、十二代 加藤忠三郎作。寄付に宗心宗匠の箱書きも寄付きにありました。
拝見すると灰も綺麗に整えられていました。
濡れたような潤いのある春慶塗の丸卓、竹で出来た水指は繊細で細かな漣(さざなみ)の模様が施され、まさに高野竹工の伝説の名人職人、不虔斎(増田宗陵)さんの技。水辺にさざ波が広がる様子が目に浮かびます。
同じく高野竹工さんの職人、窮斎作が利休ゆかりの待庵古材で造られた風炉先「天王山写し」。妙喜庵の士芳老師の花押が漆で有ります。
岩清水八幡、男山から天王山を眺めたときの景色を妙喜庵の写したものだそうです。「天王山」大山崎の山で、「天下分け目の天王山」と比喩される山崎合戦の舞台。秀吉は天王山に城を築き、利休に二畳の茶室「待庵」を作らせました。その茶室が後に妙喜庵に委託されています。
天王山北西には、細川三斎と古田織部が境に蟄居する利休を見送った場所もあります。
戦国時代から安土桃山時代、生死をかけて生き抜いた武士たちの息遣いが感じられる妙喜庵の古材で天王山を写した風炉先は、目の前の茶室全体を山々に囲まれた大自然に一気にワープさせてくれました。
さて、今日の一日は「天下分け目の天王山」… となるか?と感じてしまいました。
利休好みの油竹網代の炭斗。火箸は竹の節。釜敷は木村表惠作、こより。
釜に清らからな水が足されるその音は、朝茶ならではの瑞々しさで、外の暑さをすっかり忘れさせてくます。
香合 小林星山さん作「翡翠(かわせみ)」。初夏を知らせる渡り鳥。
香合を拝見させていただき、亭主にお尋ねします。
実は道具組の相談があった時、この香合は普段使いにしていたものだったので少し不思議に思って、道具組みの担当 奈月さんに『香合はもっと値打ちのあるものにしては?』と聞いてみました。すると、『幸福な蒼い鳥は幸せを運んでくれる。なので、今回先生へのお祝いに是非、と想い選びました。』とのこと。
一つひとつの道具に皆の”想い“ が込められて選ばれている。これこそが茶事の醍醐味。
ほの暗い室内でこそ、生き生きと輝く金と翠の輝きは、皆の想いの深いさなのだと感じ、あらためて感動しました。
幸せ気分に慕っていると、鼻腔をくすぐるお出汁の良い香り!茶懐石のはじまりです。
お献立は、新生姜と玉蜀黍ご飯、稚鮎、和歌山雑賀崎の海老、冬瓜翡翠煮、花蓮根、黄ズッキーニ・南瓜・隠元胡麻和え、巻玉子、ミニトマト出汁付、青楓麩、守口漬・瓜・水茄子の漬物。
茶懐石のメイン、煮物椀は「枝豆豆腐」、柚子、白木耳、潤菜。
すべてに心と身体が喜ぶご馳走。この時間、永遠に続かないかな。と思っていると、小吸い物が運ばれてきます。梨と茗荷が刻んで浮かんでいます。シャリシャリと食感がさわやか。
そして、茶懐石のハイライト。亭主から「八寸」で一献。
焼き加減、塩加減とも絶妙な美味しさ! 和歌山の鱧の白焼と、アスパラガスの味噌漬けの「八寸」。
「千鳥の盃」を楽しみ 茶懐石を楽しんだ最後に、縁高で主菓子をいただきます。
とても涼しげな「水牡丹」の主菓子。優しくて上品。
『お菓子を召し上がりましたら、露地へ。』との案内に、『お鳴り物でお知らせください。』と、主客の挨拶。初座の名残の拝見後、ふたたび露地へ。
と… 。
かなり長くなりすぎてしまいましたが、ここまでが茶事の初座です。
つづきは後日、「後座〜編」で報告させていただきます。お楽しみに。
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