2023年 1月 池坊いけばな「生花」の学び
京都中央研修学院、総合特別科 石渡雅史先生の研究室の学びです。年に4回、1週間、池坊生花を徹底して深く学びます。
私は10年前の 平成23〜25(2011〜2013)年の3年間、総合特別科 松永先生の古典立花の研究室に通いました。本当に素晴らしい学びでした。その時もこのブログに学んだことを書きたいと願っていましたが、忙しさに流されて叶いませんでした。でも、書き残しておきたい思いはどうしても諦めきれない。こうした池坊の深い学びを、私だけのなかに留めるのは とても勿体ないとこと思うので、今年から自分の復習もかねて、このブログに書くことにします。時間はかかりますし時差はありますが、お許しください。
まず一年度の四期、2023年 1月11日(水)〜15日(日) の五日間から。
初日は「松竹梅(しょうちくばい)」。
初傳(初伝)で伝えられる『生花五箇条』のひとつ。
日本人が古くから大好きな「松竹梅」。その由来は中国の「歳寒三友」から。
「歳寒三友」とは、中国の宋代あたりから、文人の理想「清廉潔白・節操」を、冬を代表する植物を「三」というめでたい数字にセットにして表現する画題。
日本でも松や竹は古来から自生していて、その生命力のたくましさが崇敬の念を集めてきました。
平安末期には縁起物として松と竹を組み合わせた門松が、新年の門前を飾っていました。常緑の松は、長寿の象徴。成長力旺盛の竹は、繁栄の意味。奈良時代に憧れの中国大陸から日本にやってきた梅は、春一番に美しく芳しい花を咲かせる冬の希望、風物詩、風雅の象徴です。
松・竹・梅、いずれも枝ぶりに応じて真 添 に生けることができます。竹は池坊では「たれもの」に分類されるので、根締めに使う時は熊笹を用います。
私は「竹の真」を生けました ↓ 竹の高さは2メートル以上はあり、付き葉を生かすので「どこでどう切るか?」を とても考えます。梅が副、躰が松です。

「井筒(いづつ)」とは、竹を切って「井」の字型に植物を挟んで生ける手法。主にこの松竹梅と、初傳、七種伝の「水仙」の二本生けで使用します。
私の作品は、「竹の節が水際から一寸上がりで奇数節」という決まりを守り、7つ節にしたところ、大変な大作になってしまいました。
この「松竹梅」は、「真・行・草」の生け方があり、いずれも水際の躰に竹、基本的に陽方奥に梅、陰方に松となります(逆になることも有)。竹は通常「*通用物」(*池坊では陸物とも草ものとしても扱うことができる植物)。松や梅は陸物。なので竹は「草の心」となるからです。(→この辺りを説明していると非常〜に長くなるので稽古で直接、伝えます。いつでもお尋ねください。)
この伝花は、『祝儀の極み』。品位が最高の花形なので、いける時は両脇に他の花は置かない。花器も銅器か金(かね)物。花台へ置くもよし。など色々伝承されています。
何故ここまで「松竹梅」に言及するかというと、茶道の世界と密着しているからなのです。
三十五世池坊 専好の自詠に
『松竹と ならべてさすも 左より たけは水際と生て 立なん
木にあらず 草にもあらぬ 竹なれば いける水際の ふしに知べし
右歌の意得 専一なり 水より一寸の 節を見るべし。』
さて、2日目は「水仙」と「万年青」。二つとも初傳「七種伝」です。
水仙は、松竹梅と同じ「井筒」配りで生けます。

水仙は『陰の花 水仙に限る』『賞美すべき花なり』と伝えられている「真」の花形の花です。真の花形なので、二本生けは基本的に竹の「寸胴」に生けます。
水仙の真っ直ぐに生きる出生(しゅっしょう)を生かすため、横掛けにいける事はしません。「置き生け、向掛によし。」
『葉の数は、偶数。蕾はひくく、開き花は高く。白根は蕾の水際に用う。
冬は他の根締めに用うことはしない。早春より根締めに添えることも、また、
水仙の根締めに金盞花を用いてもよし。二、三本生ける事よし。
祝儀の席に用うべし。』
「水仙」の花は凛としていて、馥郁たる香りのこの花を生ける時、私はいつもイギリス人女優 オードリーヘップバーン を思い浮かべます。
5日目最終日は自由花材だったので「水仙の3本生け」をお玄猪へ生けました。↓ (日程順ではないですが続いた方が分かり易いので)

3本で生ける時は、「井筒」ではなく「花配り」に。
「真」の株の前に「副」の株を入れ、その副の葉が陰方後方へ降り出す特殊な生け方です。稽古で生けたものが分かりやすいので↓

上記に記載通り、竹二重生けの下の重や、筆の花入れなどにも生けます。
この水仙、シンプルで簡単そうに見えますが、一株の姿 そのまま生けることはできないので、まず下の「袴」と呼ばれる花を包んでいる苞から中身の花と葉を順番に抜き、そしてあらためてその袴に長い葉から順番に仕組み直します。これが、初めはなかなか上手くいかず、難しいのです。昔、何度も袴を破ってしまい、『先生、これゴムで括っちゃダメですか〜?』と泣きべそかいて笑わせてくれた生徒がいたっけ。笑
この袴に入れかえる手法、皆さんに是非一度、体験してもらいたい。
続いて「万年青」。まんねんあお、と書いて「おもと」。

万年青も「祝儀」の花です。
「中傳」に『万年青を用いる事は 相続易き物故なり。唐土にては熨斗の替わりに是を用う、相続易く物なればなり。(中略) 祝儀には万年青を用い 実のない時は仮に実を作りても用う。但し 婚礼に紫色を用いず。』
「実物」は、本来祝儀の席には用いないことになっています。池坊は、明日咲く蕾に希望をたくす。実は花の後、過去のものと捉えるからです。
しかし!この万年青だけは別ものなのです。中傳に伝承されているように、
一年中青々として次々と新葉をだす万年青。
その出生は、向き合って生じた昨年の葉の間から、今年の春、新しい花茎と新葉が成長し、実は赤くなる。昨年の古い葉は新葉と実のために外側へ押し出されて傾く。
その姿を、冬に真っ赤に染まる実とともに賞美されるのです。
意外に身近に植えられている万年青。今、大河ドラマで話題の徳川家康が江戸城本丸に入城する際に、家臣から三種類の万年青が献上され、家康にとても喜ばれます。
一年中枯れない美しい緑色を保つことから、「繁栄」を象徴となり、確かに徳川はその後 300年の長きに栄えたことから、「引っ越しに万年青を贈るのは縁起がいい」という風習になったのです。
生花の中で役枝を「立葉」「露受葉」「流葉」「前葉」と扱うことも、また、丸く穴の空いた「石穴」と呼ばれる石の中に生けることも、独特な万年青です。
我が家では毎年、お正月に床の間に飾ります。
3日目は「梅」。梅の一種を、お玄猪(げんちょ)へ。

松竹梅でも書きましたが、春、先がけて咲くお目出たい花。
現在開花している花の枝、来春に芽吹く青い枝、そして苔むした古木で表現されるこの一瓶は、力強く生きる喜びに溢れています。
梅園に行かれた方は、咲いている花だけではなく、苔木(苔むした木)や、ずばえ、と呼ばれる来年花を咲かせる枝となる青い棒みたいな枝に気が付かれるのではないでしょうか? 必ずありますので、まだ気がつかれていない方は、来年楽しみにしてください。花が咲いている枝だけではなく、こうした梅、そのものの姿を尊重し、力強く生けます。
先人の植物を観察する審美眼にはいつも感服いたします。
梅は、稽古のベースとなるもの。基本なので「伝花」ではありません。
4日目は「三種生け」。

この後、池坊開館で 3月24〜27日に開催される「春の華展」の試作です。私は「三種生け」が指定されました。
連翹(レンギョウ)の変化形「上段流枝」で、真・副・躰の花率を作り、ドラセナ・ブラックリーフで、真・副のあしらい。かすみ草もあしらいで。
古典的ななかに、新しい出会いを求めます。
でもまだあと2ヶ月あり、花材が揃うか分からないので、どんなことになっても臨機応変に対応できるように稽古します。
長々書きましたが、これが京都の一週間の学びです。
東京では、深夜まで起きていてやらなくてはならないことに追われる日々ですが、この京都の学校に滞在している時は早寝・早起きで、一番健康的な生活ができます。『花の勉強だけ』できる。こんな幸せな事はありません。ホントウに。
そして、この学びを次の世代に伝えていく。その仕事を私の「使命」と信じていますので、学び続けます。
こんなに素敵な日本文化。日本に住んでいながら知らないでいるのは「勿体ない!」ことですよ。
茶道、華道で心を豊かにしていきましょう♡
日々の稽古や、生徒の作品、またプライベートもF.B.とInstagramにアップしています。
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西武新宿線沿い 西東京市 田無駅より徒歩11分の表千家茶道教室・池坊華道いけばな教室 蓮心会 高森 梨津子
令和5年 「初釜」報告
今年は異例の猛暑が長く続いております。
昨年の夏の朝茶報告を終えた途端。あら、あら。色々とブログも書きたいと頭の中では思いながら、日々は矢が飛ぶ様に過ぎ・・・一年経ってしましました。
書きたいことは山ほどあるのに、なぁ…
さぁて、言い訳はせず、2023年度、1月28日(土)・29日(日)に開催した初釜茶事の報告をいたしましょう。
玄関の短冊は、尋牛斎筆のおめでたい言葉「瑞日祥雲」。
寄付は、扇面「四海同風」。「高砂」の一節に『四海波静かにて〜』と祝儀に謡う謡曲があります。日本は全ての海「四海」に囲まれた国。なので「ここ 全てに同じ幸せな風が吹いている」という気持ちを込めました。

日々の手入れが重要な露地。


本席の掛物は、表千家九代 了々斎筆「一箭中紅心」。十三代即中斎宗匠の箱書があります。
「一箭中紅心 (いっせんこうしんにあたる)」
さて、いったいどんな意味なのでしょう?
「一箭」とは、「一本の矢」という意味。
「中」は「中(あ)たる」。当たるという意味。
「紅心」は「的(まと)」。的の中心部の赤い部分、大きな意味で「心」のことを意味していると言えます。
そう、簡単にいうと「的の中心を射抜く」。
「物事の一番重要な部分に取り組め」
「色々あるなかで本質的な部分を捉えよ」と平たく言えますが、
まあ。禅語ですから、
「自分の心を射抜け」というのが本意ではないでしょうか。

実は、今年はこの言葉が物凄く、皆(社中)の心を射抜くこととなりました。
そして、この夏の私の還暦祝いの茶事へ続いていくのですが。その話はまた後ほど。

小岱の茶入れ。 茶杓は、宗完の花押「丹頂」。

表完作、紹鴎棚。 阿山作、兎の水指。 而妙斎箱、住吉蒔絵の棗。

これは広間席の床の間に飾った榊原勇一さん作の香合、十二年前の作品です。
本席で初お目見えしたのは、捻梅の香合。紙釜敷を使いました。
今年も「続き薄茶」のスタイルです。
炭点前の後は茶懐石。


[ 初釜献立 ]
蒸し寿司
鰤(ブリ)山椒焼・慈姑・平目昆布締め数の子巻き・黒豆松葉・漬物
聖護院大根・松蓮根・車海老・菜の花と赤貝の茄子酢味噌和え
煮物椀 雲丹 帆立 蟹真蒸 鈴菜 京人参 柚子
小吸い物 松の実 檸檬
八寸 唐墨 大根切り重ね 花百合根
お湯

この、百合根を花の形に削るのは、職人技! 唐墨は社中料理長の手作り。




初釜では、今年の抱負を書いていただいています。
先ほど、「一箭中紅心 (いっせんこうしんにあたる)」という言葉が社中皆の心に矢を射ったと書きましたが、茶事後のお礼の手紙をひとつ紹介します。
『(この掛物の言葉に)とても感銘を受け、また自分自身を顧みる機会をいただきました。お掛物を背に、始まる、お炭のお点前。幾重にもなった紙釜敷、羽箒、炭台の奉書紙、真っ白なアイテムで構成される演出に、最後に登場する捻り梅の香合。意匠のみで色味は抑えられているものの、まさに真っ白な世界に現れた紅い点のようで、とても感激いたしました。
高森先生の室礼に、時代を超える了々斎の書が見事に融合したように思えました。この言葉の持つ意味が立体的に起き上がってくるかのようでした。
表千家の歴代の宗匠の方々も、一席一席に狙いを定め、こだわりにこだわりながら、前に進んでこられたからこそ 今日の茶道があると思うと、深い尊敬を感謝、そして今を生きることへの勇気を感じてやみません。
ここ三年、私たちは足踏みをしている様に見えながらも、すでに目の前にあるもの、たくさんの当たり前ではない日常の価値とありがたみを感じながら過ごして来ました。ある意味、強さを養ってきた時期だったのかもしれません。あの時からもうすぐ三年。また大きく時流が変わりつつあると感じます。
ただ単に以前に戻るのではなく、これまで培った強さとともに、前に、己の目指すところにこだわりながら…。そんなことを「一箭中紅心」という言葉から感じずにはいられませんでした。
(中略)この度のお茶事は、茶道のみならず、私自身の今後の行く末を考えるとても思い出深いものとなりました。茶道で頂いたたくさんの教えを、私も少しでもみなさんに循環できるようにと思いますし、また私がこの世で担当している分野においても還元していきたく思います。』
素敵なお手紙なので皆さんの代表で記載させて戴きます。そして、
このお手紙を書いてくれた彼女が中心となり、この夏、私の還暦のお茶事を開くとを企画し、7月23日に開催してくれました。
こんなに嬉しいことはありません。
さて、その報告はもう少々お待ちくださいませ。
令和4年 朝茶報告
こんにちは 今年初のブログです。
令和5年度の初釜も、能の発表会も無事に納め、ホッとしている三月「上巳の節句」の頃です。
去年書きかけのままになっていた朝茶の報告を遅ればせながら掲載させていただきます。お許しくださいませ。
****
今年は暖かい天候が続き、長く秋を堪能していた気がします。
ただ、お茶人さんは毎日の気温ばかりで判断するのではなく、
風炉から大板、中置きと、茶釜の置き場所が、ほんの少しずつ移ることや、障子の隙間からの微かな風の違い、そして床間の花籠に可憐な秋草が盛んに咲いていたのが、徐々にススキが尾花となり、道を歩きながら見上げた空の高さの変化に確かな季節の移り変わりを敏感に感じることができます。
さぁ、朝茶の報告をしましょう。
今年も相変わらずコロナ感染者は、波を打つように増減を繰り返しつつも収束にはまだ時間がかかりそうで、朝茶の頃もちょうど増えていた時期でした。
「必ず伺う」と前礼をくれた3人が、なんと直前に感染してしまったり濃厚接触者になってしまったり。
生徒の中に一人、医療関係者のため、この3年間稽古をお休みしていた人がいます。彼女はこの3年で自分の働き方や生き方を見直し、実家へ帰る決心をしました。
「いずれは…」と思っていても、環境を変えるのはとても大変なことです。彼女の「地元に戻り、親の近くで仕事をして、自分が親の面倒をみたい」という優しい想いはすばらしいと思いました。
しかし、いつも明るく和やかな雰囲気にしてくれる彼女が稽古場に居ないことを想像することは辛いことでもありました。
ずっと一緒に稽古をしたいと思っていたのは、本人よりも、私や一緒に稽古をしている仲間たちのほうが強いのかもしれません。
人と人は、永遠に一緒にいることは出来ません。
しかし、心が繋がっていたらどんなに離れていても以心伝心。
そんなテーマから玄関の掛物を選びました。
南山打鼓 北山舞 (なんざんに つづみをうてば ほくざんにまう)
「雲門広録」に収められている禅語の一つです。
南の山で鼓を打つと、鼓の音が聞こえるはずもない北の山で、鼓に合わせて舞っている。
心が通じ合って入れば距離など関係なく一心同体。
久田宗也宗匠の書かれた短冊です。
寄付きの掛物は、12代即中斎宗匠の横軸 『清風』。
本席も、同じ即中斎宗匠一行 『清風動脩竹 (せいふう しゅうちくをうごかす) 』

脩竹とは、細長い竹の意味。爽やかな風に吹かれて サラサラと、葉鳴りの音を立てている情景が浮かびます。
「風」だけでも、「竹」だけでも、音を生み出すことはできない。風が竹を「動かす」ことで、この爽やかな境涯が生まれる。
爽やかな言葉の裏に禅語の深さが響きます。
毎回茶事を開く度に、新しいお道具をお披露目することにしていますが、今回の朝茶では、数ヶ月前に「春慶塗の丸卓」を入手していたので、それに従来のお道具を組み合わせて…と、考えていました。
そう考えていたのに、朝茶の直前に「出会って」しまったのです。完全に一目惚れしてしまいました。長いお付き合いをさせていただいている信頼できる京都高野竹工のギャラリーにて。
まず、待庵の古材を使った「風炉先」、「天王山写し」。妙喜庵の士芳老師の花押も漆で書いていただきました。高野竹工の職人、不窮斎作。
岩清水八幡・男山から天王山を眺めたときの景色を妙喜庵の古材で写したもの。
「天王山」は大山崎の山で、天下分け目の天王山の山崎合戦の舞台。秀吉は天王山に城を築き、利休に2畳の茶室「待庵」を作らせました。その茶室が後に妙喜庵に移築されています。
天王山北西には、細川三斎と古田織部が境に蟄居する利休を見送った場所。
戦国時代から安土桃山時代、生死をかけて生き抜いた武士たちの息遣いが感じられる妙喜庵の古材で天王山の山並みを写した「風炉先」。
茶室全体を山々に囲われた大自然に一気にワープさせてくれました。
そして、「水指」は高野竹工の伝説の名人職人、不虔斎(増田宗陵)作「さざなみ」。
春慶塗の丸卓にこの水指を合わせたい!そう頭の中でイメージのチャンネルが会ってしまったのです。
もう、こうなったら止まりません。
永楽の青交趾、「波」の蓋置きも 初お披露目いたしましょう!

毎年ドキドキの茶花。初日は桔梗朝顔が咲き、
2日目は釣鐘人参・松本センノウ・みそ萩・白河原撫子・糸芒を蝉の花入へ。


主菓子は吉祥寺に本店を持つ亀屋万年堂さんに「玉川」を発注。

干菓子は10年ぶりに、京都亀屋良永さんの「朝露」。朝顔の蕾が可愛い背負い籠に入っています。


さて、私からの一方的な報告が長く続いたので、生徒からのお礼の手紙を少し抜粋させていただき、その後に懐石料理を明記し、朝茶報告を終わりましょう。
Miさんからの手紙です。
『私たちの住む日本は、こんなに素敵な文化を持ち、それを存分に味わう感性を持っているのだと、とても誇らしく、日常の些細な光景もなんだか違って見えます。(中略)人生には予め決められたシナリオなど何ひとつなく、全てがその時その時の最適な奇跡の連続なのだと深く感じました。お客組み、その日の天候、床の間のお花など・・・普段暮らしている中で、ともすると人間が全てをコントロールしている錯覚を抱きがちですが、決してそんな事などなく、私たち人間も大きな流れの中で、ただ生かさせている小さな存在に過ぎないと感じました。だからこそ、こうしてお茶事に参加できる奇跡に心から感謝し、瞬間瞬間をめいいっぱい味わいながら、五感をフルに研ぎ澄ませて味わっていこう。お茶席で何度もその様に感じました。茶室の中で、清流や山々を感じ、暑い中でも涼を感じ、その場にはいなくても他の社中や作り手さんとも繋がれる。八畳の茶室にいながらにして、空間や時間を超えた広いつながりを感じたお茶事でした。(後略)』
参加した皆さんからこうしたお礼のお手紙を頂くことが いつも楽しみでなりません。感謝。
[ 朝茶事献立 ]
鱧寿司・鰆西京焼・鶏丸・冬瓜煮・巻き湯葉
薩摩芋栂尾煮・茄子田楽 柚子味噌・花蓮根
枝豆、蓮芋、玉蜀黍、大徳寺麩の胡麻和え
青楓生麸・よもぎ麩・車海老
煮物椀 卵豆腐アーモンド入り 三つ葉 アスパラ 青柚子
小吸い物 新生姜 梅干
八寸 かます風干し 小倉朧昆布
お湯

さあ、昨年の朝茶報告が無事に済みましたので、しっかりと頭を切り替えて初釜準備に集中します。
今年はワタクシ、「年女」。そう干支全てを一周させて頂きました。
現実に「還暦」を迎えてみると、若い頃抱いていたそのイメージとは全く違いますね。
ここまで健康で、好きなことをして生きさせてくださった全てに、感謝の気持ちを込めて開催したいと思います。
*******
はい。こうして令和5年の初釜も1月最終土日に開催し、
毎年恒例の「尚月会」、能の発表会も無事終了。
今は3月下旬の京都と東京上野で開催される華展の準備中です。
今年の初釜も、素晴らしかった。その報告はいつ書けるのか・・・
楽しみにしていてください。 (笑)
西武新宿線沿い 西東京市 田無駅より徒歩11分の表千家茶道教室・池坊華道いけばな教室 蓮心会 高森 梨津子
3年ぶりの祇園祭 山鉾巡行。
今年2022年、3年ぶりに祇園祭の山鉾巡行が再開されました。
平安時代に厄除退散を祈願して始まったお祭りです。
ちょうど 京都の華道の学校の時期と重なったので、是非観たい!と、山鉾巡行を翌日に控えた23日、仕事を切り上げ新幹線に飛び乗り 23時京都着。宵山の巡行の無事を祈る「日和(ひより)神楽」にギリギリ間に合いました。
「日和神楽」は祇園囃子を奏でながら、御旅所に行き、祇園囃子を奉納する行事です。

↑ この日和神楽の最後に、南観音山(みなみかんのんやま)の御神体・楊柳(ようりゅう)観音像を蓮華の形に作った台座・蓮台に巻き、町内を回ります。山鉾の駒形提灯が灯され、囃子を奉納して晴天を祈願します。
そして24日は山鉾巡行。元々 山鉾巡行は、町の邪気や穢れを山鉾で清め、祇園祭の主神である八坂神社の神様が通る道を作るために行うもの。
「橋弁慶山」を先頭に11基の山鉾が御池通・河原町通・四条通を巡行します。今年は「鷹山」が 196年ぶりに復活するので、皆とても楽しみにしています!





毎年、蓮心会京都支部長より、祇園祭の特別なお守りを頂きます。
この時期だけ八坂神社や各山鉾町で授与されるもので、翌年の祇園祭まで疫病や災難除けとして玄関先に吊るします。

毎年違う 山の粽 のお守り。これは 本当に嬉しいです!
『蘇民将来子孫也 (そみんしょうらい しそんなり) 』という言葉が書かれています。さて、皆さんはこの言葉、ご存知でしょうか?
『蘇民将来』とは、「備後国(びんごのくに)風土記」に書かれた人物名で「昔、須佐雄神(すさのおのかみ)が一夜の宿を借りようとして、裕福な弟の巨旦(こたん)将来に断られ、貧しい兄の蘇民将来に迎えられて粟飯をご馳走になった」ことから、「私は蘇民将来の子孫ですから守ってください」という意味でお守りになったというものです。
大昔は祇園祭に、ちまきにこのお札をつけて、山鉾から投げていたと聞いたことがあります。祇園祭に欠かせないお守りです。
この粽は、藁(わら)を軸にしてクマザサの葉をイ草で三角形に巻き、それを10本で1束にして形が整えられた厄除けの飾り粽。
5月の端午の節句の粽とは違って食べられません。(→端午の粽、とても美味しいのだけど、笑えるほど食べ難い)
いずれのちまきにも『蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)』と記された護符(ごふ:おふだ)が付けられています。
生徒から『先生、「孫」と言う字が可愛い!』と言うので良く見てみると、確かに…
「子(ね)」の字は子供を表しています。(元々了の上部は丸で頭を表しその下に腕が左右に一本) その子に、お団子のような小さな子供みたいなのがひっついています。「孫」という漢字は自分の子供の子供という意味だからなのでしょうね。

キュートなところに気が付きましたね。
感染症が騒がれだした3年半前、師匠の稽古場で『今年は祇園祭は何にもしないのだって!全く京都は観光重視になってしまって、神事の事を忘れてしまったのね、情けないわ〜』と、愚痴を聞きましたが、
すぐその後に蓮心会京都支部長からホッとするお便りが届きました。
『昨日17日はちょうど山鉾巡行の日でした。先生、ご安心下さいませ。今年は山鉾の姿はないですが役員の方々や保存会の方々が榊を持って巡行されたり、かなりの縮小ではありますが粛々と神事を含む祭は執り行われております。皮肉にも今年ほど祭の意味を感じる年はありません。
16日には観客を入れずにお献茶も。今年は表千家の番でした。お茶が疫病退散の祈りに係わっているのは誇らしい気がします。
(中略) 私は 今日、お稽古の日でした。本日も祇園祭の室礼をして下さいました。お送りした御守の香合と蓋置きのお写真を撮らせて頂いたのでお送りします。↓


先生から『今では香合にしている方も多くいるけど、最初に考えたのは僕だよ。こういうことを考えるのも楽しみなのだよ』と少し嬉しげに教えて下さいました。
蘇民将来も祇園祭についても調べてみるほど奥深く、毎年迷宮入りしてしまいます…』
↑ 京都のお稽古の様子も楽しめるお便りをありがとう!
3年前は時間が沢山あったので、調べものをしていたら、2008年7月の「華道」月刊紙に祇園祭のことが書いてある記事を見つけました。
『祇園祭のルーツは平安時代中期、疫病の流行を鎮めるため、人々が鉾を手に練り歩いたという。現在のように町内ごとに鉾や山を建てるのは、室町時代から。
今の山鉾巡行は17日と24日の2度行われている。
17日の巡行の前夜祭にあたる宵山が16日に、前々夜祭の15日が宵々山と呼ばれる。この3日間の祭りが前祭(さきまつり)という。
そして「後の山鉾巡行」が24日。その宵山が23日、宵々山が22日。
この3日間の祭りが後祭(あとまつり)と呼ばれている。
要するに私が23日に見たのは、後祭の宵山ということ。
→ 今によく云う「後のまつり」の語源。♪
この絵図は「都名所図絵」↓

↑「京都の豪商たちが競って山の飾りなど華やかに盛り上げていったが、昭和41年、繊維業界が『長く商売を休めない』」と、一時は山鉾巡行は17日しか行われていなかった時期もあった。」
…「そんなこともあったの〜」と、調べてみると、この記事が書かれた6年後の2014年から後の祭りが再開されたとのこと!
こうして千二百年近く続く歴史あるお祭り。
くじを引かず、いつも先頭と決まっている「長刀鉾」にあやかりたいものだと、即中斎が描かれた扇子も茶席での御馳走です。↓

7月は京都の池坊研修学院での勉強期間に重なる事が多く、洛中に「コンチキチン…」の音が聞こえる風情は大好きです。
学んでいる週の昼間はもちろん観光は出来ませんが、24日頃夕方17時から3基の神輿は四条御旅所から氏旅社(御供社)を経由し白馬に乗って八坂神社へ神様が帰られます。この道を山鉾巡行は清めていたのですね。
この大切な「還幸祭(おかえり)の御神輿」に縁があり、何度か観ることがあります。静かでとても神秘的な感じがして一番好きです。
今年3年ぶりに祇園祭を(少しですが)間近で堪能することができ、つくづく このお祭りが京都人にどれほどまでに愛され、守られてきたかを肌で実感することが出来ました。
町内の方々が、まるで運動会の我が子の活躍を応援するような気持ちで見守る様子に大感動です。
7月一杯続く祇園祭の最終日、蘇民将来は八坂神社境内にある疫(えき)神社に祀られ、茅の輪をくぐる夏越の祭りが催されます。
「疫神社夏越祭」、祇園祭を締めくくる最後の行事。
「茅の輪くぐり」とは、日本全国の多くの神社で、主に6月30日ころに行われる「大祓」、「夏越の祓」の神事。
そう、
この神事が「蘇民将来」と深く繋がっているのですね〜。
田無神社でも、毎年6月いっぱい「茅の輪」が設置してあり、それをくぐることで、半年の間についた汚れを落とし、残り半年の無事を祈ることが出来ます。
3年前には新型コロナの鎮静を祈る行事が行われました。
祇園祭のことは、深すぎて詳しくは書ききれないなぁ… と思っていたら最適のサイトがありました。↓
http://www.yasaka-jinja.or.jp/event/gion.html
大昔からこの、新型コロナウィルスのような疫病は存在していたのです。昔の人は、それを祟りや鬼の仕業と思い、なんとか鎮めようと受け継がれてきた行事。
「花火」も、元々は鎮魂の想いからですしね。
きっと、各地方にも沢山こうしたお祭りは受け継がれているのでしょう。
日本各地で大切にされている行事を、もっといろいろ知りたくなります。
こうした「祈る心」の強さは、きっと絶大です。
「健康」に感謝し「皆の厄除」を祈願する。
人間の根本の 想い を見つめなおしていきたいと思います。
そうそう、三年前には、「伊勢角屋麦酒」の「コロナウィルス退散セット」を戴いたなぁ。

「蘇民将来子孫也」のお話は、素盞嗚尊 (スサノヲノミコト) の御神徳なので、伊勢神宮でも大切に受け継がれているのは間違いありませんね。
とても美味しかったです♪
こうして、改まってブログに更新することは なかなか難しいのですが、日常の細々とした報告はInstagramやF.B. で公開しています。
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令和4年 初釜報告
新型コロナウィルスの感染が流行しはじめてから、丸2年が経ちました。終息にはまだもう少しかかりそうですね。
3年目、令和4年の今年も感染症対策をしながら、初釜を無事に開催することができました。今日はその報告をしたいと思います。

さて、皆さんは茶事を開くにあたって、亭主は最初にどんな仕事をすると思いますか?
茶事はいろいろな、目的があります。

亭主である私は、開催する茶事の目的に合わせて「テーマ」を決めて、道具組を考えることからはじめます。とは言っても道具はたくさんありますよね。
私の場合、「掛物を何にするか」、から考え始めることが多いです。
本席の掛物、寄付きの掛物、玄関の色紙や短冊・・など イメージを膨らまして空想していくうちに、少しずつ全体のストーリーができあがっていきます。
今回のテーマは一年の始まりを寿ぐ「初釜」。
今年もコロナ禍で参加できない生徒もいましたので、掛物については その生徒たちのことを心に思いを巡らせつつ悩んでいました。
清んだ川の流れは絶え間なくなく流れている」ことを、禅語で「清流間断無(せいりゅうにかんだんなし)」というのですが、これは「絶え間ない修行の大切さ」を尊重している私の想いを伝えている禅語です。
今年の初釜も、こんな私の思いを理解してくれている生徒たちが、決して無理をせず、できる限りの範囲で茶事を開き続けたい、という思いを込めて開く初釜なので、「おめでたい」とただ祝うだけではなく、“ 新年を寿ぐ気持ちをじっくりと全身で味わいたい ” と深く思いました。
そこで今年の掛物は「閑坐聴松風(かんざしてしょうふうをきく)」にしようと決めました。
この言葉は、私が稽古をはじめた頃に先生がよく掛けられていて、初めて先生の茶室をお借りして私が友人を招いて茶道のワークショップを開いたときも、掛かっていたのがこの言葉でした。
先生から、そのとき『ただ座って、茶釜の湯の沸く音、松風を聞く。という意味よ。』と教えられました。
釜の湯が沸くときに、釜の内底に取り付けられた「鳴鉄(なりがね)」という薄い鉄片が、釜の煮えた時になる音を、松林を吹き抜ける音に似ているとして「松風(しょうふう)」といわれます。
静かな茶室で鳴る松風が耳に聞こえてくると、本当に松林を吹き抜ける風がイメージできます。
『閑坐聴松風』。この言葉が好きで、瑞峯院 前田昌道老師の書かれた一行を持っているのですが、数年前 縁があり「表千家 十三代 即中斎筆、十四代 而妙斎が箱書き」の一行物を入手したので、この掛物をお披露目することにしました。

これを機に、この言葉を改めて調べてみると、先生にお聞きして 私が想像していたよりもずっと深い意味があることに気づきました。
『林間松韻 石上泉声
静裡聴来 識天地自然鳴佩』
松風の音を通して「天地の鳴佩」、宇宙の大生命の息吹を聞き
それを合一する堺に 遊ぶこと。
「単に肉の耳で聞くにとどめず、心の耳で聽き、肝でよく味わって しみじみと聴く。」
このコロナ禍、色々な情報が飛び交い、何が正しいのか、どうすれば良いのか、分からなくなってしまうことがあります。
この言葉の意味を深くかみしめ、「こんなときだからこそ、情報に左右させられることなく、皆で一緒に静かな気持ちで今を乗り切りましょう」という、私からのメッセージを込めました。
さて、ではお客様が家に入ってすぐの玄関には何を掛けましょう?
茶道の世界では2月は「春」。今年は 寅年ですから、同じ干支に書かれた短冊がないかと探してみると… ありました!
24年前の「戌寅」に尋牛斎がかかれた短冊、
『幽鳥報賀音(ゆうちょうがいんをほうず)』。
「静かな山奥深く住む鳥が、めでたい知らせを報ず(運んでくる)。」
「梅梢舒瑞気(ばいしょうずいきをのべる)」という大燈国師語録の対句です。
では、寄付は思いきりおめでたい掛物を…と、『瑞色』と銘じられた掛物に決めます。
丸山慶祥が描いた可愛らしい紅梅人形図に、即中斎が「献春」と画賛した実に華やかな掛物です。

今までの初釜は、広間や小間の演出をし、「前茶(先にメインである濃茶をいただき、その後に茶懐石をゆっくりいただく)」で開いていましたが、
今年はなるべく密にならず、サラサラと時間をかけないようにしようと思い、朝茶と同じ「続き薄茶」のスタイルで開催することに決めました。
終始広間での開催ですので、お客様のディスタンスも確保できます。

では、広間での炭点前になるので、広間で最も改まったときに使用する炭斗である「炭台」に。
羽箒は「黒鷲」。今まで広間で飾っていた「フリフリ香合」も実際に使用し、お披露目することができます!

棚は、「紹鴎棚」。利休の師匠、武野紹鴎が好んだ棚と言われています。
利休以前の茶の湯の世界が垣間見られる華やかな大棚です。


炭がおき、湯の沸く間に「懐石」をいただきます。

主菓子は、表千家大道の「常盤饅頭(ときわまんじゅう)」。


茶杓は 尋牛斎が嵯峨の竹を持って作られた「松風」。
せっかくですので、お濃茶をいただく主茶碗と、お薄用の茶碗を変えましょう。

今回は初お披露目のお道具が九品ほどありました。
短冊、掛物、羽箒、紹鴎棚、唐銅の捻梅水指と、香合。
茶器の「高台寺蒔絵」、川端近左作、宗完宗匠の花押があります。
蓋置も千家十職の一人「永楽善五郎」作、「二彩」。目が覚めるよう美しいトルコブルー。
薄茶碗の「乾山写、老松」、杣山焼 です。
社中と作った茶懐石の献立も記しておきましょう。
緑色の利休梅のお皿の上に
・お赤飯
・鯛塩焼き
・海老芋揚げ
・鮭昆布巻き
・菜の花と松の実の白和え
・蓬麩
・黒豆の松葉刺し
・慈姑
・沢庵、柴漬
同じ小皿に、平目の菜種まぶし

茶懐石のメインである煮物椀は、蓮入海老真薯。

小吸物は、自家製の日本酒漬け梅と、香せん(道明寺粉)あられ。
そして、八寸は、蒸し鮑と蕗の味噌漬け。

漬物以外は 全て自分たちで作り、なかなか手前味噌で言い難いのですが…
本当に、美味しくできました!
レシピも書いておきたいところですが、これ以上長くなってしまうと いつまで経ってもアップできないので諦めます(笑)。
今回、「続き薄茶」のスタイルにして、大正解!
11時席入り、密にならず長時間にならず、でも華やかに。正月らしく書初めもして 16時にはお開きとなりました。
今年の初釜では、前日に突然高熱がでた方、同じく子供さんに高熱が出て…と 正に「今どき」らしいアクシデントがありました。幸い二人とも何ごともなく後日復帰しました。
「こうして毎年同じことを繰り返せるということ自体が、実は 奇跡なのだ」ということにあらためて、気付かされました。
茶事を開くための準備の大切さや大変さもいつか、書かねばなりませんね。今回は写真だけに。


このブログを書いている間に、ロシアのプーチン大統領がウクライナへの侵攻。
この信じられない事態にショックを受けましたが、報道を知った直後の「能」の発表会では「平和」への祈りを込めて一心に務めました。
文化の無力は感じたくない。
「文化」は平和の象徴。
毎日を丁寧に、大切に過ごしていきたいと思います。
令和3年「朝茶事」報告完結編(2)
あっという間に年末、クリスマスの季節になりました。今年中に今年の夏に開催した「朝茶事」の報告をしなくては、直ぐに「初釜」の準備に追われてしまいます。(笑)茶懐石からでしたね。
最近、蓮心会のYouTubeで「2020年の秋の茶事」のダイジェストライブ映像を配信しています。併せてご覧いただけると嬉しいです。
さて、令和3年(2021)の「朝茶事」の献立は、
・扇面物相型に 新生姜と玉蜀黍の炊き込みごはん、自家製のゆかりを散らして
・鮎の一夜干し
・石川小芋に、胡麻餡をのせて
・オクラ、蓮根、胡瓜、コリンキー、赤パプリカの煮こごり
・和歌山、雑賀崎の小海老
・翡翠茄子、梅肉和え
・琵琶卵
・大根柚子漬
・山芋赤酢漬
を、盛り付けました。

煮物椀は、枝豆入簀巻豆腐。越後湯沢の舞茸、冬瓜、青柚子を添えて。


小吸い物は、茗荷とのし梅。
八寸は、和歌山 雑賀崎の鱧と、味噌漬けしたアスパラガス。

白湯をお出しし、主菓子は「玉の露」。

茶懐石のお食事の次は、茶事のメイン「濃茶」です。



お花は、波多野善蔵さんの鏢の形の花入れに「唐糸草」と「節黒仙翁」の白。

早朝の露地に、可愛いお客様が・・

夏に開く「朝茶」は、暑い夏の日差しが射す前の早朝に開く茶事です。
その昔は、早朝4〜5時から8〜9時頃に開かれていたと聞きます。
夏の涼を楽しむために「続き薄茶」というスタイルで、「濃茶」をいただいた後に「後炭」を省略して「薄茶」をいただきます。
「炭点前」→「茶懐石」→「濃茶」のあと、続いて「薄茶」となるわけです。
茶事はふた時、約四時間。蓮心庵では、朝7時席入り、正午までにはお開きになります。
夏で暑いからと何もしないのではなく、そんな暑い時も楽しむ茶人のセンス。
素敵ですよね。
では、みなさま、良いお年をお迎えください。
令和3年 朝茶の報告 その①
今年、令和3年(2021年)は7月31日(土)と8月1日(日)に、「朝茶」を開催しました。
去年はコロナの影響で稽古をお休みしていたこともあり、いちもより1ヶ月遅い9月に「秋の茶事」を行いましたが、今年は真夏の早朝の涼を愉しむ 8月の「朝茶」に戻しての開催でした。
茶事というのは、いつ、なんどきに開いても良いのですが、準備にとても手間がかかるので、私の蓮心庵では正月を寿ぐ「初釜」と夏の「朝茶」の2回を基本としています。
今年は4年に一度のオリンピックの祭典が開かれていますが、「茶事」は私たちにとっても半年に一度開催される「オリンピック(祭典)」のような行事なのかもしれません。普段、稽古してきたことの集大成をそれぞれの段階に応じて発揮できますからね。
それにしても年々 暑さが厳しく感じるのは私だけではないと思います。稽古の準備中も滴る汗を拭いながら「水浴びをしたい」という欲求を絶えず感じていた私・・・。何をしても暑い。ならば、それさえも楽しんでしまおう!と、今年のテーマは「滝」と「水」に… 自然に決まりました。
空を見上げるともくもくと湧く入道雲。風でどんどん変わって龍のように見えたり、金魚のように見えたり‥これも夏の醍醐味。見飽きることはありません。

そこで、玄関に『夏雲多奇峰(かうん きほう おおし)』という短冊を掛けました。尋牛斎宗筆です。
春水満四澤 春は雪解け水があちこちの沢を満たす
夏雲多奇峰 夏は多くの雲が奇妙な嶺に似た形を作る
秋月陽明輝 秋は月が明るく輝き中天にあがる
冬嶺秀孤松 冬は嶺に独り立つ松の姿が際立つ
これは 中国 宋の詩人陶淵明(とうえんめい)作の漢詩が原典で春夏秋冬を詠んでいます。とても美しい詩ですね。
これを、さらに『禅』的に読み解くと・・私たちの「人生」や「感情」にも当てはまるから凄いのです。
『いっ時の辛い時や苦しい時、悲しいこと、怒りに震えることががあったとしても、季節が巡るようにいつか過ぎ去り、同じところにとどまってはいない。』
たとえ今ある状況が どん底だと思っても、『ずっとそこには留まってはいないよ。必ず四季と同じように巡って行くから 前を向いて歩いて行こう!』と、励ましてくれるようにも感じます。
『ものごとは、一方からだけでは真実は見られない。』という禅的視点を学ぶことができることが、わたしにっとて茶道の魅力の大きな一つです。
さて、「寄付き」に今回のテーマである『滝 直下三千丈』大徳寺派 宗鏡寺の雪尾 要道和尚一行。宗鏡寺は沢庵和尚ゆかりの寺だと聞きました。

目の前に落ちる滝を感じることで、皆さんの心も洗われたかな?
お客様は 露地草履に履きかえ、寄付きから「露地」へ。

席入りし、お客様と亭主がここで初めてご挨拶をします。床の間には掛物のみが掛けてあります。
『雲収山嶽青 (くも おさまりて さんがく あおし) 』
これは『古尊宿語録』にある言葉。
『恁麼(いんも)ならば則ち 日出(ひい)でて 乾坤(けんこん)輝き、雲収まりて山岳青し。』
「… 朝になって夜が明け太陽が昇ると、万物がその光を受けて生き生きと精彩を放ち、世界が明るく輝く。
雲が消え去り、青々とした山が見えてきた。」
はい。これも勿論、禅的な解釈ができます。
山を『仏性』、雲を『煩悩』。 想像してみてくださいませ。
私は、今回「この感染症の不安が収まり、晴れやかな日常がおくれる日が戻りますように」という想いで選びました。
「大徳寺48世 宙宝宗宇筆 12代 惺斎宗匠」の箱書きがあります。素晴らしい文言です。

「茶事」のメインは「濃茶です」。ですから、そのお濃茶を美味しく召し上がっていただくために、まず炭でお湯を沸かします。そのために、お客様の目の前で炭を注ぐ。このオープニングとも言える儀式を主客一緒に楽しむ。それが「炭点前」です。
炭斗は利休好みの 油竹網代。利休好みのものは全て見飽きることのない、流行のない、そして使用するたびに味わいが深くなります。
430年以上前から清流が間断なく流れるように、脈々と伝えられ「今」に続いていると思うと改めて利休さまの審美眼に感動します。
炭点前の時の最大の楽しみが「香合」。
今年は竹で出来ている「月形」の香合。側面に源氏車と観世水の蒔絵があり、蓋を開けるとお香を入れる部分が「月」の文字に見立てた銀の縁になっている。この月という文字のデザインは、あの桂離宮の襖の手がかりに使われている意匠と同じもの。私も桂離宮でそれを見たときは『私の香合と一緒!』と感動しました。久しぶりのお目見え。京都の高野竹工さんの不窮斎さんの作品です。
炭点前の後は、「茶懐石」。「濃茶」はとても美味しいのですが、空腹でいただくのは胃に優しくありませんので。お濃茶を一番美味しく頂いてもらうための素敵な順番です。
七時席入りから約一時間強。ちょうど、朝ごはんの時間です。
茶懐石は、社中が私の教授職受理のお祝い茶事を開いてくれてから、懐石を全て自分たちで作るようになりました。
新型コロナの流行から「吸物八寸」のスタイルにして、これも数を重ねるごとに「このスタイルもいいね!」と思います。試作を重ねる度、自信もついてきます。
暑い中、庭の手入れも、懐石の仕込みも、社中が協力してくれました。
全てを報告するには、長くなりすぎますので今回はここまで。次回は茶懐石からの報告をさせていただきます。
少し時間がかかりますが、気長にお待ちくださいませ。
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令和3年 連合華展の報告..など
一年ぶりに第88回池坊東京連合支部いけばな池坊展が、今年3月21日より 30日まで、開催されました。
私は2期の23・24日に 「四海波(しかいなみ)」 という花器に「生花・逆勝手」という指定で特別席に出瓶させていただきました。
『四海波 静かにて 国も収まる時つ風〜君の恵みぞ有り難き‥』。
謡曲「高砂 (たかさご) 」の一節にあり、『波風がおさまって天下国家が平和なことを祝う』もので、私も生徒の結婚式で謡わせていただいたことがあります。
四方形の口つきは、「天下」を意味する四海を表し、角形の胴には四つの丸鐶と丸耳があり、「八方円満」を象徴す美しい形になっており、四十三世池坊専啓好みの生花 (しょうか)用の花器です。
謡と同じように、花器も『波風が収まり、世界の平和を祈願する』思いを込められて造られたそうで、昨年4月に、京都六角堂にて専永宗匠が感染症の終息を祈って菊の生花を本尊如意観音菩薩に供えられました。菊の花言葉は「傲霜 (ごうそう) 」。
「傲霜」 とは、晩秋に大方の花が散ってなお、霜を恐れず花を咲かせる姿から、外圧に屈せぬ気骨ある人物に喩えられる言葉です。
傲霜の「傲」は誇り高く屈しないことを意味し、霜に負けない菊の姿を、新型コロナウィルスに屈しない人の姿に重ねて、感染症に負けないという思いを込め生けられたそうです。
供花にあたり、家元は、
『このたび、日本のみならず世界規模で猛威をふるっております新型コロナウイルス感染症の脅威は、私たちの日常を大きく揺るがす事態となっています。目に見えない脅威にさらされている私たちの心もまた、日々、やり場のない恐怖に冒されつつあります。この大禍に際し、僧侶として、また、花の道に生きる者としてできることは、心からの祈りを込めた花をいけることと心得ました。
本日4月17日、明日18日は、観音さまの縁日でございますれば、当山のご本尊であられます如意輪観世音菩薩に花を奉じ、新型コロナウイルス感染症により尊い命を落とされた方への慰霊と、一日も早い感染症終息のご縁をいただくべく、あたう限りの祈りを込め供花を勤めさせて頂きます。
また本山は、見真大師(親鸞聖人)が百日の参籠をされ、観音様の夢告を受けられたとされる地でございます。このご縁にあやかり、新型コロナウイルス感染症の打開と、世の安寧が得られますことを切に祈ります。』 と述べられました。



今このような大変な時期、私がこれまでいけばなを学んできたなかで、深く感銘し、一番伝えたいことがあります。
それは、生け方のノウハウだけではなく、池坊の根底にある 「命をみつめる」 という姿勢です。
どんなに人間界が混乱の中にあっても自然の巡りは何一つ変わることなく、冬を越せば草木は芽吹き花を咲かせます。
花が咲いている時間はわずかです。しかし、その美しい姿を見せる時間よりも実はずっと永い時間、根を張り、葉を広げて栄養を蓄えているのです。
機が熟して花芽をつけるまで。
私は寒中 花の蕾が、膨らみ 木からドクドクと呼吸する声が聞こえる冬の桜の木が大好きです。
どんなに寒くても、勇気を頂き、春の兆しを感じます。
頼もしいまでの自然の営みが、安心感を与えてくれるように、私たちは花を生け続けることで、人々に安らぎや 明るい光となること を願います。
「専応口伝」 という 池坊に伝わる伝書は
『ただ綺麗な花を挿すのではなく、心の風景を込めて生けなさい』 と伝えています。
池坊いけばなの教えは、『花を生ける技術だけではなく、正しく心を育むことができれば、我々も必ず美しい大輪の花を咲かせることができる。』 という 『道』 の教えなのです。
今回3月は華展が開催されましたが、5月の華展は中止となりました。
このような時節には、私たちは綺麗な花を咲かせることだけにこだわらないで、寒中の桜のように、心の根を張ることに集中する時期なのだと思います。
花を生ける者にとって、「生けられた花はその人自身」です。
そんな、壮大な思いを胸に今回の作品を生けました。
作品↓

大それたことを書きましたが、花を購入し、それを広げたときは目の前が真っ暗になりました。
とても厄介な激しく暴れた枝ぶりの花ばかりだったからです。
「またもや、大変な試練が始まった・・」と 数時間絶望感に負けそうでした。
今だからこそ笑っていられますが、作品を生けあげるということは、その最後の瞬間まで、実は全く気が抜けられません。本当に真剣勝負です。
まあ、その緊張感もいわゆる 「生みの苦しみの醍醐味」 なので、慣れることはない試練であり、また快感でもあるのでしょう。ハハ。
そうそう! 5月の本部華展が中止になったことで、今月末までフェイスブックでインターネット華展を開催しています!私も私の社中も出瓶しますので、是非ご覧ください。
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令和三年初釜報告
今年は桜の開花が例年より10日ほど早く、私の大好きな桜吹雪が舞うようになりました。
またまたすっかり遅くなりましたが、今年1月30・31日に開催した初釜の報告をさせて頂きます。
今年は年明け 1月8日、2度目の非常事態宣言が発令されました。私は生徒の安全を完全に守れるのか? 正直、初釜を開催して良いものか、とても悩みました。
そこで社中へ『 3月に延期することも可能だよ?』と、聞いてみした。すると生徒たちから言われました。『この事態は、きっと直ぐには変わらないでしょう。私たちがしっかり気をつけますので、先生、いつものことをいつものように続けてください』と。
皆のその言葉に背中を押され、今年の初釜を開催することを決断しました。
『東山水上行(とうざんすいじょうこう)』。「山が水の上を行く。動かぬ山が川を流れて行く。」
今までの当たり前だったことは、実は当たり前でない。どんな時でも自然に学び、逆らわず、 今、できることを コツコツと積み重ねて行く蓮心会。流石です!(自画自賛 笑) 。

一年前の自粛要請の頃から散歩に行く習慣がつき、小金井公園へ行く回数も以前より増えました。そんな中の一月初旬、やはり少し早めに咲き始めた梅の花を常より多く見ることが出来ました。
〈 霜や霧に負けず寒さの中、どの花よりも早く開花する 梅の花〉と、「松竹梅」に例えられていますね。
その美しさ、その健気さは、じっと苦難や試練を耐えて初めて得られるのではないか… その花の姿に、とても感動しました。
私たちの今置かれている環境とあわせ思い、どんな状態でもその中で懸命に生きる植物のしなやかな生命力に改めて気付き、深く感じ入ったのです。
そんな感動を胸に、今年の初釜の道具組を思案していた時、丁丑(1997←24年前!)に即中斎宗匠が書かれた『梅花似照星(ばいかはてれる星に似たり)』という短冊に出会いました。
これは、菅原道真が12歳の時に書いた「月夜見梅花(つきのよにばいかをみる)」という詩です。
「月輝如晴雪(月の輝くは晴れたる雪の如し) 梅花似照星(ばいかはてれる星に似たり) 可憐金鏡転(あわれぶべし きんきょうの てんじて) 庭上玉房馨(ていじょうに たまぶさのかおれることを)」
月の輝きを晴れた日の雪…月の下に咲く白梅の花を星が照る光… に例えるなんて、なんて素敵な感性でしょう!
そして、「照」という字は、まだ先の見えない今の私達の先を照らす “光 ” に感じられ、前向きな気持ちになる良い字だな〜と、思っていたら、而妙斎が書かれた『神光照天地』という、掛物に出会い‥
堀之内宗完宗匠の手づくりの茶杓『白梅』があり、
円山慶祥筆 “(白梅と)人形画” に即中斎が「献春」と賛した「瑞色」と云う華やかな掛物も!
「小間では尋牛斎の竹の一重切りに花は紅梅と紅白の椿だな、、尋牛の意味も皆にちゃんと知っておいてもらいたいし」
「香合は、榊原勇一さんに”傘牛“ を特別注文したし、、」
「では、これは、お薄茶席の床の間へ… 青竹に結び柳、大きな富利富利(ブリブリ)香合を紙釜敷に載せて‥」
.. と、自分の力ではなく、赤や白の紐が自ら生き物のようにうねり動いて紡いていくように物語が生まれていきました。
去年 縁があり、沢山の素晴らしいお道具と出会うことが出来たお陰です。それを惜しみなく、組み合わせてみました。
こんな大変な時こそ、目にも心にも舌にもご馳走を!
そう、この機会に主客ともに五感をフル回転させてあげましょう!
お庭も久しぶりに大きくリニューアルです!

ここはいつも私の担当。この角度が難しいけれど、ピッタリ合う時は快感!
下:リニューアル前、中:角度をあわせて・・上:完成

露地も、3年ぶりに竹垣や門など全て作り直しました。


懐石料理も、金子サーダ料理長と共に迷いも無く直ぐに組み立てられました。

皆も手伝い、料理教室も兼ねているようです。


すり鉢で少しづつ擦るのが、実に大変でした!
・蟹の蒸し寿司に、錦糸卵 三つ葉 ・(クチナシで色染めた)慈姑・(生の)巻き湯葉炊き合わせ ・活車海老・独活と白蒟蒻の木の芽和え ・絹さや ・蓮根の酢漬け ・沢庵 ・辣韮 又は、牛蒡
・焼物は、鰤の水尾柚子味噌幽庵焼き

煮物椀は、焼いた丸餅でお雑煮 クタクタに煮含めて中の芯だけ抜いた下仁田葱、山椒の隠し味で煮含めた鴨の胸肉、菜の花、松葉切りした水尾の柚子を添えて。

・八寸は、金子さんの手作り からすみ と、私の炊いた黒豆を玄関の松葉に刺して。沢庵以外、全て、ここで作りました。

主菓子は、鶴屋八幡さんに特注した「誰が里(たがさと)」。 源 俊頼(新古今和歌集)の、「心あれば問わましものを 梅が香に 誰か里よりか匂い来つらん」今年は梅が歌われている詩が道案内してくれます。

平和な日常が戻って来るように願いを込めて、結び柳。

全てを広間の室礼で開いたので、ディスタンスは充分取れました。



仕事の都合などで、稽古へ来られない方もまだいらっしゃいます。庭の手入れをしている時や、懐石の試作や準備をしているとき、そして勿論 当日も、その方々のことを思わない時はありませんでした。その生徒達の為にも、頑張ろうと誓い頑張りました。
きっと蓮心会の社中皆は同じ想いだったと思います、『ああ、この感動を来られなかった方々と、いつか分かち合いたい‼️ 』と。
熱い熱い蓮心会のメンバーなのです。笑
去年のあの、社中の皆さんで開いてくださった初釜から丁度一年。
深い ふかい、一年でした。
確かに、個人的にも大変なこともありました。しかし、去年のことが無ければ見失っていたままでいた大切なことが多くあり、それを改めて見直すことができ、私にとっては実りの方が多かった一年でした。
それは、これから生きていく上で本当に大切な素晴らしい"気づき” でした。
そして、また、この一年で培ってきた蓮心会の皆さんの繋がりは、とても強くなったと感じています。
稽古場で一緒に居ることだけでは無い深い繋がりを感じています。
私たちは、茶道を通して、いつでも 一緒にいると。
今年もじっくり、学んでいきたましょう。
令和3年 春分
西武新宿線沿い 西東京市 田無駅より徒歩11分の表千家茶道教室・池坊華道いけばな教室 蓮心会 高森 梨津子
令和2年「秋の茶事」報告
我が家の遅咲きの梅の花が満開となりました。
『梅一輪 一輪ほどの暖かさ』
この服部嵐雪(らんせつ)さんの句は、梅が一輪、また一輪と咲く。その一輪くらいずつ暖かくなって春が本格化する。という「早春」の句としての読み方と、「梅が一輪だけ咲いた。」まだ寒い冬のさなかだが、一輪のその梅花くらいの暖かさを感じる。という「寒梅」の「一輪くらいのわずかな暖かさ」という二つの読み方があるのだと、坪内稔典さんの文章で知りました。
さて、緊急事態宣言の最中ではありましたが、1月最終週の週末に、令和三年の初釜を無事に納めました。今年も本当に素晴らしい茶事でした。
しかし・・その報告をする前に、昨年の秋の茶事の報告をしなければいけませんね。昨年は 4・5月は教室をお休みし、7月頃までは充分な稽古が出来なかったので、例年最終週末に開催する夏の「朝茶」を延期し、「秋の茶事」として9月末に二日間、開催しました。
秋も「名月」「菊」「秋草」「紅葉」など、茶事を開きたくなるお題は沢山あります。気候も良いですしね。
実は、私が初めて開いた「茶事」も、9月でした。
平成13年、2001年、9月19日水曜日。20年前のことです。
その頃はまだ、お道具をほとんど持っていませんでした。その頃の会記を見ると、満足でない道具の中で、でも何とか工夫をしている様子が伝わってきて、懐かしさと いじらしさが募ります。
毎年、茶事の度に少しずつ新しいお道具をお披露目し、社中と共に楽しみながらコツコツと経験を積んできました。
さてさて、話は尽きないので去年の秋の茶事報告に戻りましょう。(笑)
〈 寄付き 〉
「引く人も引かれるひとも水の泡 浮世なりけり淀の川舟」
黄梅院の大綱和尚が詠われたものを、堀内宗心宗匠が曳舟の絵とともに書かれた扇面。
煙草盆は奈良漆器、火入れは青楽木瓜、灰吹は胡麻竹。
〈 初座 (炭点前) 〉
即中斎一行「清風動脩竹(せいふう しゅうちくをうごかす)」
「脩竹」とは細長い竹のこと。その竹の葉が、清らかな さわやかな風に吹かれて、さらさらと葉鳴りの音を立てている。
一陣の清風が、涼しげな竹林の間を吹き抜けることによって、なお一層、さわやかな境地を表現しています。
大自然の中にいると、特に音に敏感になります。(人間である私が動物に戻る 好きな時間です)
川のせせらぎ、木と木のなかを風が抜け 木の葉がこすれそよぐ音、滝が流れ落ちる音、鳥の綺麗な声や、獣の鳴き声も・・
人が一緒にいる時や、日の明るい時は気にはなりませんが、日が暮れ薄暗くなった道を一人で歩く時は、聞こえるはずの無い音さえ・・とても不安な心になります。
多くの「音」は、片方だけでは生まれません。
白隠慧鶴(はくいんえかく)禅師の創案による「隻手音声(せきしゅのおんじょう)」の公案もあります。
「両手をたたくと音が出るけど、片手で鳴る音はどんな音?」このトンチとも思える問いの意味に、耳を傾けていただきたいと思います。
炭斗 菜籠
香合 縞柿「砧」
砧(きぬた)とは、布を柔らかくしたり艶を出す為に用いる木槌のことです。
能では世阿弥作四番目物で、もの悲しい能があります。能の師匠、東川先生にお聞きした所、「砧」は大奥物で滅多に舞えない非常〜に難しい能だそうです。
・茶懐石は、9月初旬から私とKa(サーダ)さんで献立を練り、試作を重ねました。サーダさんとは、蓮心会の料理長。日本男子です(笑)。
この時勢から取り分けをせず、「吸い物八寸」の手法を参考にそれぞれ一皿におかずを盛り付けました。

・蓮の実と蓮根で炊いた「蓮御飯」炊き上がりに三ツ葉を混ぜて。
・骨までしっかり味の染みた「子持ち鮎」
・手間隙かけた「赤芋の栂尾煮」
・揚げてから冷水で油抜きした「揚げ茄子の含め煮」
・Kotさんが職人のように隠し包丁を入れ、サーダさんが何度も味を付け直してくれた「冬瓜」
・サーダさんが海老の泣き声に(可愛そう…)と呟きながら茹でていた「車海老」
・私がこだわった為にMukさんがシメジを全て半分に割いてくれた「しめじと菊葉と春菊の和物」
・季節の「紅葉麩🍁」
・漬物は、Maさんから頂いたとても美味しい「奈良漬け」と「大根」。
そして、懐石のメインディッシュである煮物碗は「萩真薯」。
Akさんが『もう明日手が上がらないっスー💦』とプチヤンキーになる程何時間も練ってくれました。
細く切った木耳を混ぜ込み、上に銀杏と茹でた小豆で萩華の様に飾りました。炙った舞茸と、鶴菜、丸い青柚を添えて。

↑残念ながら、何故か舞茸と鶴菜が上に乗ってしまった写真しかありませんが…。
↓仕込み中の皆さんと、

↓エプロン姿がキマりのサーダさん

↑「先生」と呼ばれていて、私へも「そうだね~」と、タメ語でした💧笑
・八寸は和歌山から届いた「鱧」を贅沢に白焼きに。私にしては少し甘めにした「茗荷」とともに。

お料理屋さんのものとは、一味違う、家庭的な味付けが新鮮だったと思います。手間隙を惜しみなく隅々まで妥協なくかける茶懐石。
しみじみ、心に染みる美味しさではなかったでしょうか…。
そして〈 中立・後座 〉へと 移ります。
・土曜のお花は、「秋明菊」。
これは通常良くあるのものとは違い、かなり小ぶりな品種です。


・日曜は、「ホトトギス」の白。↓


両日、「金華山ススキ」と共に、「鮎篭」へ。先程の懐石の鮎と繋がりますね。
「金華山とは、中国の?」と店の人と話していましたが、後から親友のSakさんが、『宮城にも岐阜県にも金華山はあるので、きっと岐阜の金華山だよ』と調べてくれました。
〈広間の室礼〉
・風炉先「松葉紋金箔金雲」
・釜 宗心花押「松竹文真形」
・竹台子の一つ飾りに細水指は陽炎炎の「糸瓜耳付」
・茶入 如心斎好「阿古陀」
・茶杓「銘 山花」宗完作
・濃茶茶碗は、一客一碗で五つ。続き薄では、同じお茶碗がわたる様に半東さんが心してくれました。
・土曜のみ( 7名の為)薄茶碗「杣山(そまやま)焼き」。南口閑粋(みなみぐちかんすい)」作の「秋草と、菊と鶴」の二つが、初お目見え。
・茶器 加賀蒔絵「むさし野」
・建水「焼〆鉄黒様」
・蓋置「武蔵野」乾山写
・御濃茶「猶有斎好 特別引上 楽寿の昔」柳櫻園詰
・御菓子器「真塗縁高」
・御菓子「菊きんとん」鶴谷八幡製
・干菓子は紅葉漆絵の「青漆爪紅四方盆」に末富さんの琥珀合わせ「月に兎」と打物「菊」二色
・薄茶「柏寿の白」祇園辻利詰
・煙草盆は一閑作「溜 鱗透」
・煙草入「寄竹」
・火入「祥瑞」灰吹 染竹
・きせる「如心斎好」

↓前日の庭

↓庭師としてもプロ級のサーダさん。大活躍です💪

土曜は雨に弄ばれましたが、それもまた勉強となり、新たな気づきも沢山あり収穫でした。
今回は、今年の初釜の成果をとても感じました。今後もさらなる学びの為に皆さんに半東参加をお願いしたいと思います。
何処に旅行へ行くより楽しいので、是非、有給休暇をご活用ください。
特に今の情勢では、海外に行くことも叶いませんので、この時期を「チャンス」と切り替え、この「日本」に、留学してください!
参加した方は思い出し、参加出来なかった方は想像して楽しんでください。
次回に初釜の報告をしますね。
