京都池坊中央研修学院 総合特別科 生花教室 3年 4月一期報告
京都池坊中央研修学院 総合特別科、石渡雅史先生の生花研究室の三年目。一期 (4月8日〜12日) の報告です。
あっという間に三年目となる生花教室、今年一年しっかりと悔いなきよう学んでいきます。
1日目は、「生花別傳 二方面生花」。花材は、山茱萸。御玄猪に生けました。
「二方面生花」とは、一瓶の花器に正面でも、逆正面からでも成り立つ生花です。床の間ではなく、後ろからも観られる空間での表現方法で、古くは書院、また現代の洋室にも生かすことができます。基本一種、または二種で整えます。
真の向きは通常 副と向き合いますが、二方面では二方向に働けるように横に働きます。「 副の座」を働かすことが特徴的です。
これ以上は「秘事」なので、稽古でお伝えしますね~~
2日目は、「竹の花入 」(草の花形)、花材は自由。
ということで、私は「出船 」を 山茱萸で生けることにしました。
このblogでも報告しているように今年は「釣船」を徹底的に学んでいます。
軽い、手軽なもので “趣” を演出する。
一見簡単そうに見えるけれど、それがもの凄く難しい。
しかし それが、生花(しょうか)の醍醐味✨
Creating elegance with light, simple items.
It may look simple at first glance, but it’s actually incredibly difficult.
But that’s the joy of Ikebana Ikenobo✨
『植物と対話する』
いけばなの面白さは、その一言につきるのかもしれません。
私たち池坊人は『なぜ、花を生けるのか』を、いつも自分に問いています。
池坊の美の哲学は『枯れた姿も美しい』。
絶えず変化続ける 生きているものの 美しさ。
命が変化する姿をよく見つめ、変化し続ける草木の風興に 知と美を求める。
そう。人間は、考える生きもの。
専永宗匠のお父様、44世 専威宗匠のお言葉、
『華道の最終目的は、人生の陶冶(とうや)にある』。
ピンと来なかった皆さん、「陶冶」という言葉を調べてみてください。きっとよく理解できるのではないかと思います。
人生を「錬る」とは。なんと深い教えでしょう!
そして、「“美しい” を目指すのは人間のみ」という原点から考える 雅史先生の生花教室では一年目から、皆で考える ある“お題”があります。
そのお題とは、『 美しさとは…? 』です。
「池坊にとって “美しい” とは 何か」 。
思い返すと 2年前、一年目 授業の初日、先生から想像していなかったこのお題に 私たち生徒は一人ひとり順番に答えていきました。このお題、実は私も稽古を始めてから『なぜ、花を生けるのか』と自分自身に向けてずっと問うてきたことでもありました。
日々、そんな事をつらつらと考えながら過ごすことは楽しいことでもあります。
その授業の日の朝も、桜吹雪の中を歩いて学校へ行きました。桜吹雪が舞う中を歩くことはとても美しい景色と自分が一体になるようで、それはとても「幸せ」を感じる時間でした。
「美しいな…」と 自分が感じる とき は? 皆さんも考えてみてください。
「気持ちが安らいで、幸せだなぁ、」と心が豊かに感じるとき?
単純に夕焼け、蓮の花、星の輝き、朝日を観るときにも “美しい ! ” と感じますよね。
また、絵画や仏像など目の前で変化するものではなくとも、職人技を感じるものなどを見ても美しいと感じます。沢山の時に私たちは美しさに心が動きます。
三年目、三回目の同じこの課題に向き合った私。ひとつ閃いたことがありました。
それは、同じ風景・同じものでも、それを見るたびに思うことが少し違ったりする。 “私の心が変化している” ということに気が付いたのです。
それをその日の夜、先輩にお話したら『そうだね、美しさとは人が作るものだからね。』と。
講義の続きで「美しい」と「綺麗」とは違う。また「面白い」とも… と。はい。「美しさ」も奥が深いのです。
『花は新しい枝に咲く
新しい枝は古い幹より出る』
by あいだみつお
3日目は、傳花 五ヶ条「桜」
“Sakura” is one of the five traditional teachings.
吉野桜など山桜。Yoshino cherry blossoms and other wild cherry blossoms.
昨年に続き、2回目です。やはり、籠に合いますね。
This is my second time here, following last year.
They really go well with the baskets.
プロの大工職人のような道具を使用します。
It uses tools used by professional carpenters.
一つの命の生成発展の姿を捉える生花表現にあってこの伝花「桜」は、吉野山の景観表現となります。
自然界では山の麓から花が咲いていきますよね?山には赤松が多く、里には黒松が多い。老松が最も格好よく風情が見えるので望ましい。
「木物の花の王」です。
芽出たい祝賀に生けるが、 散りやすいので婚礼の席には不向き。華やかな花なので勿論 仏事には相応しくありまあせん。
室町時代から日本の「道」という考え方が生まれ、書院を飾る“表の花”である「立花」と同時期に“裏の花”として、「生花」の始まりとなる「抛入花」が生まれました。
その後、28世 専応宗匠から現在の45世 専永宗匠へと繋がる生花の歴史は “今”へ脈々と続いています。
『才能は“時間”』だと 先生は仰ります。
どれだけ、そのものに集中し 時間を費やしてきたか。
突然、絵や字・文章が上手くかけたり、歌や楽器で人を感動させたり、なにも勉強しないで東大へも入学出来ないことも同じ。
そして、『演じきることが大切』と。
『みんなは、もっと詩人にならなければならない。そうでなければ、ものごとは深まっていかない。自分の人生経験を総動員して。』
華道を学ぶということは、なんて人生を豊なものにしてくれることでしょう!
4日目は、「抛げ入 ・横掛け・向う掛」。これも各自、自由。
私は、一作目は 竹の一重切 (Single layer of bamboo)を置いて、白山吹 (White Yamabuki)の一種類を投げ入れに。
二作目は、浅間五郎助(六代の作) の花入に、白山吹と河原撫子の二種類をやはり抛げ入れで。
「抛げ入花」は、殆ど“茶花”と同じです。前に書いた“裏の花”ですね。あらためて「生花(いけばな)」が「生花(しょうか)」として成長したものになるまでの経由をなぞり、学ぶことができました。「又木配り(またぎくばり)」は優秀な花留めなんだなぁ…とも。
By learning this “Inserted flowers” process, we were able to trace and learn the process by which flowers grow into “Kado”.
[これは覚えておきたい歴代宗匠の生花(しょうか)のお話 ]↓
*40世 専定宗匠
生花の原型を定めた。1820年 専定自選の画集「挿花百規」
草木の生命が見せる姿勢 = “草木勝ち” (草木重視の考え方) 規矩性・陰陽二体
*41世 専明宗匠
専定が提唱した生花理論を大成。
「天・地・人」人中心の考え方 = 人が中心となる考え方。1843年「専定燕子花三十瓶之図」
*42世 専正宗匠
1904年「花の志雄理(しおり)」後の「華かがみ」(武藤松庵)。生花正風体の確立。
*45世 専永宗匠
1977年「生花新風体」発表。 40世専定宗匠の“草木勝ち”の考え方= 源流へ遡る。
専永宗匠の『人と同じじゃつまらないでしょう?』という言葉が聞こえてきそうです。
同じ1977年、今通っている京都中央研修学院が設立されました。
最終日の5日目。
「三種生け」
株分け Division←?
男株に、沖縄シャガ Okinawa Irisと 白山吹 White Yamabuki
女株に、河原撫子 Kawahara Nadeshiko
「生花三種生け」は 1957年頃より生けられるようになりますが、これは宗匠が発表させたのではなく、戦後の時代とともに自然発生的に生まれたものだそうです。
三種生けの「挿口の自由性」「水際の捉え方(生まれ育ちを問わない)」「変化形の活用」など
新しい世界の到来への可能性を感じワクワクします。
一種、二種を精進して自分の活路を見せていきたいです。
人は、『知性があるから遊ぶ。そしてその遊びは成長に必要』。
ゲームも難しいから夢中になるでしょ?
京都へ5日間連泊している私たちですが、朝から夜まで本当に勉強漬け。皆で『折角だから夜桜を観に行こう!』となり、授業が終わってから東寺へGo!
東寺は私の大好きなお寺のひとつ。
美しいものを五感で感じ、深呼吸をし、疲れが吹っ飛びました!
こうゆう心の遊びは本当に大切だとしみじみ痛感しました🌸 感謝です。
報告が長くなりました。来月7月には二期が始まりますのでこの辺で。