蓮心 表千家茶道教室 池坊いけばな華道教室

西武新宿線沿い西東京市田無駅より徒歩11分の表千家茶道・池坊華道教室

2023年 3月東京連合花展 報告

2023年9月22日 Category: blog

さあ、京都「春のいけばな展」の後期をなんとか観、上野の東京都美術館で開催されている「東京連合華展」へ、飛んで帰りました。

上野の連合華展は、ほぼ毎年 3月21日(火)〜30日(木) の10日間。京都の華展は24日〜27日でしたので、もろに被ってしまったのです。

(華展の報告は、そのころのInstagramとF.B.にライブで投稿しています。そちらでは、勝手に他の方の作品も掲載させていただいておりますが、このblogでは基本的に自分と社中などにしています。)

 前回の報告で記載した、1次に出瓶した八幡 純平さんの作品から。この作品の仕上げを見届けて、京都へ行ったのでした。↓のびやかで素敵な作品でしょう?

八幡 純平さんの作品。生花 3種生け。
宿根スイトピー・雪柳・オクラレウカ

3次の 25・26日。私は京都華展で全く携われなかったのですが、頼もしくも遠藤和歌子さんは一人でこの作品を仕上げました。↓勿論全て、彼女のアイディア。

遠藤和歌子さんの自由花。

彼女の自由花は、自分の好きな世界のイメージを一貫して持っています。それがとても素敵なので、より深く、完成度を積んでいくように稽古を重ねています。

 

そして 5次 29・30日は、上野の連合会華展デビューの山田美玲さんと、私。

山田美礼さんは、小品自由花。↓ 彼女の作品の前にはいつも人だかり!

山田美礼さんの小品自由花。

今回は、北欧フィンランドの建築家、アルバ アアルトのフラワーベースを使って製作したいとの希望。剣山は使わず、銀やブルーグリーンのワイヤーで抛げ入れのように花を挿して制作しました。花を置く台も自分でシルバーの紙を敷いて。 花の陰が照明で綺麗に演出され、「森の中の湖」のイメージ通り 表現されていました。

彼女の華展デビューは、昨年秋、東京清祥会 青年部の華展でした。その時の彼女の作品の印象は、「さすが一級建築士! グッゲンハイムの建築みたい〜」。

東京清祥会 青年部華展、山田美礼さんの作品

「花を生けることと、建築はとても似ているところがある」と気がついた貴女の これからの華道人生は、薔薇色よ。

東京清祥会 青年部の華展では、もう一人、木村奈月さんも華展デビュー!

東京清祥会 青年部華展、木村奈月さんの作品

↑ 伸びのびと空間をたっぷりともった爽やかな自由花です。

 

あら。去年の上野華展の写真が出てきました。昨年も報告出来ていなかったので、ここで一瞬 脱線して掲載させてください。↓

2022年、樋口 亜季さんの新風体生花↓ スケールが大きくて、見事!

木瓜、竹シャガ、紫蘭

そして、私の2022年。特別席。「紫雲」逆勝手 の指定でした。 ↓

「紫雲」の花器に、木瓜の一種、逆勝手。

 ありがとうございます。

戻りまして今年の上野の私の作品。近年しばらく上記のように↑「生花」の担当が多かったですが、久しぶりに「立花 新風体」が当たりました。

私の特別席作品、立花 新風体。

勿論、この華展のための試作は積んできましたが、花材は、生き物、旬のもの。自分の思い通りには決してならないものなのです。我々の常の稽古は、どんな事態にも『臨機応変』に自由に花を生けせることが出来るようになるため。

『臨に応じて、機に変割れる』ための稽古。

花と出会った時の感覚はまさに「JAZ」。花たちと私のジャズセッション。特に「新風体」は。

ありがとう。その日、出会った花たち。

雪柳・山吹・ストレチア・アップライト・コプロスマ・オクラレウカ・ドラセナ・ホワイトスター・シャレ板。

 そして会場へ、いらしてくださった方々、ありがとうございました!

  

スミマセン💦もう一つだけ、脱線させてください。

このブログを書くために写真を探していたら数年前の私の自由花の写真が。自由花の作品は掲載したことがないので。 日本橋三越で開催された東京華展。↓ 何年前だったかなぁ・・・

自由花。

↑「瀧から落ちる水飛沫」をイメージしたくて、棒のアクリルを何色かのブルー系に染めて、熱をあてながら曲げて苔木とあわせました。懐かしいです。

実はわたし、稽古を初めてしばらくは 自由花が専門?と思われていた位、自由花の出瓶が多かったのです。池坊の自由花は、幅が広くてデザイナー時代の脳が刺激されるので好きです。

  

(二度の脱線から戻ります)

 3月一杯の華展が無事に終了し、4月4日、ようやく小金井公園の山桜を観に行けました。仕事の後、夜中でしたが。凄い大木でしょう?

小金井公園の山桜。

 毎年、見事な花と香りを楽しませて。とても癒されます。

 

 

人生・・・ 思いもよらぬこと、様々なことが起こります。

しかし、たとえどんなことが起こったとしても、自然界の営みは休むことはなく、季節が巡る。そしてその度、それぞれの花を咲かせます。

逞ましく生きる草木の命に見習って。私も、与えられたこの命を大切に生かそうと思います。

 ↓青年部で開催した筑波山での「花供養」の写真です。

全員で花を供えました。
朝、土砂降りだったのに、午後には晴天に。
筑波山山頂に住む大木にご挨拶しました。

   

次は 4月10日から京都中央研修学院 生花研究室 二年目一期が始まります。

さあ、命みなぎる春を味わい尽くします!

 

  

日々の稽古や、生徒の作品、またプライベートもF.B.とInstagramにアップしています。

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西武新宿線沿い 西東京市 田無駅より徒歩11分の表千家茶道教室・池坊華道いけばな教室 蓮心会 高森 梨津子

2023年 3月京都「春の華展」報告

2023年9月15日 Category: blog

令和5年 京都池坊中央研修学院の学院祭が 3月24日(金)〜27日(月)に開催されました。石渡雅史生花教室は去年から開講しましたので、雅史先生の元で、一年間学んできた成果を発表する初めての場です。先生、おめでとうございます!

 ↓石渡雅史生花教室の指針。

先生がデザインされた教室の舞台。古典的な作品は、まるで和室の道場席のような落ち着いた雰囲気の室礼で、とても素敵です!↓

一種生け、二種生け。伝花や別伝など、伝統的な作品がバランスよく配置されています。

三種生けや、新風体のコーナーは、明るくモダンな室礼。↓

三種生けや、新風体がゆったりと。

 

先ずは、石渡雅史先生の作品。↓

連翹(レンギョウ)・芭蕉・とても小さくて可愛い蘭 (多分→)ミルトニア。

↓先生の作品に先生のお言葉。

『草木との対話は、花をいけるものに与えられた かけがえのない時間』

はい。時に、生みの苦しみにもがくことも ありますが (笑)・・・それも含めて「花との対話」。本当に「かけがえのない時間」なのです。

そして、私の作品。↓

三種生け

前回のブログで報告した通り、花はなまもの。注文した花材があるとは限りません。又、隣付近の方との花の取り合わせも気をつけなければなりません。前回、レンギョウで試作をしていましたが、お隣の雅史先生の作品が連翹をメインに生けていらしたので、私は「木瓜(ボケ)」で真を上段流枝に。そして副・躰も木瓜で正風体の規律を作り、ドラセナの赤い葉とかすみ草をあしらいに生かしました。自分でも「私らしい作品」だなぁ と感じる作品となりました。

「古典的ななかに、新しい出会い。」そのテーマを感じていただけたら幸いです。

 

毎回なにより楽しみにしているのが、専永宗匠の道場席の作品。↓

専永宗匠の道場席の作品、新風体立花。

専永宗匠の作品の前に座ると、不思議に肩の力が抜けて、そして徐々に心が元気になる素敵なエネルギーを感じることができます。正座して 何時間でもこの作品の前にいられます。(と云っても、ここはとても混んでいるので現実的には不可能なのですが。笑 )

この春に毎年開催される華展は、京都・六角堂にある池坊中央研修学院の学園祭。各クラスごとの一年間の成果を発表する華展です。前期、後期と二日間づつですが、生け込みなどの準備があるので早めに上京します。

以前この学院祭は四月に開催されていましたが、桜が美しい京都なので当然物凄く混み、毎年宿が取りにくくなり、又、四月は新年度が始まり一期の授業と重なってしまう事も多いので、最近は三月に繰り上がりました。

いたしかたないことなのですが、毎年三月中旬から約半月間、池坊東京都連合会の華展が上野の東京都美術館で開催されます。

なので毎年三月は、華展月間 (汗) 。

そう、この華展のために上京する21日、生徒のひとりが上野の華展出瓶の日!練習を重ねた甲斐があり、とても素敵な三種生けが一人で生けられていました。その報告は次回に。

 

今回京都の華展の後、 東京の華展へトンボ帰りするのがわかっていたので、21日上野で生徒の手直しを終え、早めに上京できたので京都府立植物園へ。

この植物園は私の癒しの場。山歩きをした気分になる小道があるのです。日陰ツツジや貝母、一人静、土佐水木、桜の大木!を堪能し、楽しみを先取りしました。

来月の4月8日に、表千家同門会の企画で戸部博園長と一緒にこの植物園を巡るツアーに参加します。それも、雅史先生の2年目の一期が始まる前のお楽しみの先取り計画。何故ならその一期の一週間の授業が終わったら、金曜にはトンボ帰りして土曜は家の華道稽古と、日曜の「利休忌」の精進料理の出汁をとったりと準備に大忙しになることがわかっていたので。

学びも遊びも、仕事も、と、超欲張りな私。私の生徒たちは皆わかってくれているので助かります。

人生、切り替えが大切!

 以上。

 

上記の情報は、今年の3月の F.B.とInstagramにアップしています。

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↑自分で上記検索すると、Facebookはなんか違うページに行ってしまうようなので。要確認事項ですね。(どなたか教えてください!)

 

    

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2023年 1月 池坊いけばな「生花」の学び

2023年9月12日 Category: blog

 京都中央研修学院、総合特別科 石渡雅史先生の研究室の学びです。年に4回、1週間、池坊生花を徹底して深く学びます。

 私は10年前の 平成23〜25(2011〜2013)年の3年間、総合特別科 松永先生の古典立花の研究室に通いました。本当に素晴らしい学びでした。その時もこのブログに学んだことを書きたいと願っていましたが、忙しさに流されて叶いませんでした。でも、書き残しておきたい思いはどうしても諦めきれない。こうした池坊の深い学びを、私だけのなかに留めるのは とても勿体ないとこと思うので、今年から自分の復習もかねて、このブログに書くことにします。時間はかかりますし時差はありますが、お許しください。

まず一年度の四期、2023年 1月11日(水)〜15日(日) の五日間から。

 初日は「松竹梅(しょうちくばい)」。

初傳(初伝)で伝えられる『生花五箇条』のひとつ。

日本人が古くから大好きな「松竹梅」。その由来は中国の「歳寒三友」から。

「歳寒三友」とは、中国の宋代あたりから、文人の理想「清廉潔白・節操」を、冬を代表する植物を「三」というめでたい数字にセットにして表現する画題。

日本でも松や竹は古来から自生していて、その生命力のたくましさが崇敬の念を集めてきました。

平安末期には縁起物として松と竹を組み合わせた門松が、新年の門前を飾っていました。常緑の松は、長寿の象徴。成長力旺盛の竹は、繁栄の意味。奈良時代に憧れの中国大陸から日本にやってきた梅は、春一番に美しく芳しい花を咲かせる冬の希望、風物詩、風雅の象徴です。

松・竹・梅、いずれも枝ぶりに応じて真 添 に生けることができます。竹は池坊では「たれもの」に分類されるので、根締めに使う時は熊笹を用います。

 私は「竹の真」を生けました ↓ 竹の高さは2メートル以上はあり、付き葉を生かすので「どこでどう切るか?」を とても考えます。梅が副、躰が松です。

「松竹梅」を御玄猪に「井筒」で生けました。

「井筒(いづつ)」とは、竹を切って「井」の字型に植物を挟んで生ける手法。主にこの松竹梅と、初傳、七種伝の「水仙」の二本生けで使用します。

 私の作品は、「竹の節が水際から一寸上がりで奇数節」という決まりを守り、7つ節にしたところ、大変な大作になってしまいました。

この「松竹梅」は、「真・行・草」の生け方があり、いずれも水際の躰に竹、基本的に陽方奥に梅、陰方に松となります(逆になることも有)。竹は通常「*通用物」(*池坊では陸物とも草ものとしても扱うことができる植物)。松や梅は陸物。なので竹は「草の心」となるからです。(→この辺りを説明していると非常〜に長くなるので稽古で直接、伝えます。いつでもお尋ねください。)

この伝花は、『祝儀の極み』。品位が最高の花形なので、いける時は両脇に他の花は置かない。花器も銅器か金(かね)物。花台へ置くもよし。など色々伝承されています。

何故ここまで「松竹梅」に言及するかというと、茶道の世界と密着しているからなのです。

 三十五世池坊 専好の自詠に

『松竹と ならべてさすも 左より たけは水際と生て 立なん 

 木にあらず 草にもあらぬ 竹なれば いける水際の ふしに知べし

 右歌の意得 専一なり 水より一寸の 節を見るべし。』

 

 

さて、2日目は「水仙」と「万年青」。二つとも初傳「七種伝」です。

 水仙は、松竹梅と同じ「井筒」配りで生けます。

水仙を井筒配りで寸胴の花入へ。

水仙は『陰の花 水仙に限る』『賞美すべき花なり』と伝えられている「真」の花形の花です。真の花形なので、二本生けは基本的に竹の「寸胴」に生けます。

水仙の真っ直ぐに生きる出生(しゅっしょう)を生かすため、横掛けにいける事はしません。「置き生け、向掛によし。」

『葉の数は、偶数。蕾はひくく、開き花は高く。白根は蕾の水際に用う。

 冬は他の根締めに用うことはしない。早春より根締めに添えることも、また、

 水仙の根締めに金盞花を用いてもよし。二、三本生ける事よし。

 祝儀の席に用うべし。』

 

「水仙」の花は凛としていて、馥郁たる香りのこの花を生ける時、私はいつもイギリス人女優 オードリーヘップバーン を思い浮かべます。

5日目最終日は自由花材だったので「水仙の3本生け」をお玄猪へ生けました。↓ (日程順ではないですが続いた方が分かり易いので)

水仙の3本生け

 3本で生ける時は、「井筒」ではなく「花配り」に。

「真」の株の前に「副」の株を入れ、その副の葉が陰方後方へ降り出す特殊な生け方です。稽古で生けたものが分かりやすいので↓

水仙の3本生け

 

上記に記載通り、竹二重生けの下の重や、筆の花入れなどにも生けます。

 

この水仙、シンプルで簡単そうに見えますが、一株の姿 そのまま生けることはできないので、まず下の「袴」と呼ばれる花を包んでいる苞から中身の花と葉を順番に抜き、そしてあらためてその袴に長い葉から順番に仕組み直します。これが、初めはなかなか上手くいかず、難しいのです。昔、何度も袴を破ってしまい、『先生、これゴムで括っちゃダメですか〜?』と泣きべそかいて笑わせてくれた生徒がいたっけ。笑

この袴に入れかえる手法、皆さんに是非一度、体験してもらいたい。

 

続いて「万年青」。まんねんあお、と書いて「おもと」。

万年青を「松風」の花器に「石穴」に生けました。

 万年青も「祝儀」の花です。

「中傳」に『万年青を用いる事は 相続易き物故なり。唐土にては熨斗の替わりに是を用う、相続易く物なればなり。(中略) 祝儀には万年青を用い 実のない時は仮に実を作りても用う。但し 婚礼に紫色を用いず。』

 

「実物」は、本来祝儀の席には用いないことになっています。池坊は、明日咲く蕾に希望をたくす。実は花の後、過去のものと捉えるからです。

しかし!この万年青だけは別ものなのです。中傳に伝承されているように、

一年中青々として次々と新葉をだす万年青。

その出生は、向き合って生じた昨年の葉の間から、今年の春、新しい花茎と新葉が成長し、実は赤くなる。昨年の古い葉は新葉と実のために外側へ押し出されて傾く。

その姿を、冬に真っ赤に染まる実とともに賞美されるのです。

意外に身近に植えられている万年青。今、大河ドラマで話題の徳川家康が江戸城本丸に入城する際に、家臣から三種類の万年青が献上され、家康にとても喜ばれます。

一年中枯れない美しい緑色を保つことから、「繁栄」を象徴となり、確かに徳川はその後 300年の長きに栄えたことから、「引っ越しに万年青を贈るのは縁起がいい」という風習になったのです。

 

生花の中で役枝を「立葉」「露受葉」「流葉」「前葉」と扱うことも、また、丸く穴の空いた「石穴」と呼ばれる石の中に生けることも、独特な万年青です。

我が家では毎年、お正月に床の間に飾ります。

 

 

3日目は「梅」。梅の一種を、お玄猪(げんちょ)へ。

梅の一種を御玄猪へ。

松竹梅でも書きましたが、春、先がけて咲くお目出たい花。

現在開花している花の枝、来春に芽吹く青い枝、そして苔むした古木で表現されるこの一瓶は、力強く生きる喜びに溢れています。

 

梅園に行かれた方は、咲いている花だけではなく、苔木(苔むした木)や、ずばえ、と呼ばれる来年花を咲かせる枝となる青い棒みたいな枝に気が付かれるのではないでしょうか? 必ずありますので、まだ気がつかれていない方は、来年楽しみにしてください。花が咲いている枝だけではなく、こうした梅、そのものの姿を尊重し、力強く生けます。

先人の植物を観察する審美眼にはいつも感服いたします。

梅は、稽古のベースとなるもの。基本なので「伝花」ではありません。

 

 

4日目は「三種生け」。

三種生け

この後、池坊開館で 3月24〜27日に開催される「春の華展」の試作です。私は「三種生け」が指定されました。

連翹(レンギョウ)の変化形「上段流枝」で、真・副・躰の花率を作り、ドラセナ・ブラックリーフで、真・副のあしらい。かすみ草もあしらいで。

古典的ななかに、新しい出会いを求めます。

でもまだあと2ヶ月あり、花材が揃うか分からないので、どんなことになっても臨機応変に対応できるように稽古します。

 

 

長々書きましたが、これが京都の一週間の学びです。

東京では、深夜まで起きていてやらなくてはならないことに追われる日々ですが、この京都の学校に滞在している時は早寝・早起きで、一番健康的な生活ができます。『花の勉強だけ』できる。こんな幸せな事はありません。ホントウに。

そして、この学びを次の世代に伝えていく。その仕事を私の「使命」と信じていますので、学び続けます。

こんなに素敵な日本文化。日本に住んでいながら知らないでいるのは「勿体ない!」ことですよ。

茶道、華道で心を豊かにしていきましょう♡

 

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令和5年 「初釜」報告

2023年8月30日 Category: blog

今年は異例の猛暑が長く続いております。

昨年の夏の朝茶報告を終えた途端。あら、あら。色々とブログも書きたいと頭の中では思いながら、日々は矢が飛ぶ様に過ぎ・・・一年経ってしましました。

書きたいことは山ほどあるのに、なぁ…


さぁて、言い訳はせず、2023年度、1月28日(土)・29日(日)に開催した初釜茶事の報告をいたしましょう。


玄関の短冊は、尋牛斎筆のおめでたい言葉「瑞日祥雲」。

寄付は、扇面「四海同風」。「高砂」の一節に『四海波静かにて〜』と祝儀に謡う謡曲があります。日本は全ての海「四海」に囲まれた国。なので「ここ 全てに同じ幸せな風が吹いている」という気持ちを込めました。

寄付き

日々の手入れが重要な露地。

蹲踞
この二人が一緒に席入り出来たことは、ここ数年の願いであった。奇跡の実現。

 

本席の掛物は、表千家九代 了々斎筆「一箭中紅心」。十三代即中斎宗匠の箱書があります。

 「一箭中紅心 (いっせんこうしんにあたる)」

 さて、いったいどんな意味なのでしょう?

 「一箭」とは、「一本の矢」という意味。

 

 「中」は「中(あ)たる」。当たるという意味。

  

 「紅心」は「的(まと)」。的の中心部の赤い部分、大きな意味で「心」のことを意味していると言えます。

 

そう、簡単にいうと「的の中心を射抜く」。

 「物事の一番重要な部分に取り組め」

 「色々あるなかで本質的な部分を捉えよ」と平たく言えますが、

まあ。禅語ですから、

 「自分の心を射抜け」というのが本意ではないでしょうか。

 実は、今年はこの言葉が物凄く、皆(社中)の心を射抜くこととなりました。

 そして、この夏の私の還暦祝いの茶事へ続いていくのですが。その話はまた後ほど。

 

濃茶は、柳櫻園の「祥雲の昔」。ひとりずつに濃茶を点てます。

 小岱の茶入れ。 茶杓は、宗完の花押「丹頂」。

表完作、紹鴎棚。 阿山作、兎の水指。 而妙斎箱、住吉蒔絵の棗。

これは広間席の床の間に飾った榊原勇一さん作の香合、十二年前の作品です。

 本席で初お目見えしたのは、捻梅の香合。紙釜敷を使いました。

今年も「続き薄茶」のスタイルです。

炭点前の後は茶懐石。

[ 初釜献立 ]

  蒸し寿司

  鰤(ブリ)山椒焼・慈姑・平目昆布締め数の子巻き・黒豆松葉・漬物

  聖護院大根・松蓮根・車海老・菜の花と赤貝の茄子酢味噌和え

 煮物椀   雲丹 帆立 蟹真蒸 鈴菜 京人参 柚子

 小吸い物  松の実 檸檬 

 八寸    唐墨 大根切り重ね    花百合根

 お湯

この、百合根を花の形に削るのは、職人技! 唐墨は社中料理長の手作り。

青竹に結び柳。

主菓子は「常盤饅頭」亀谷万年堂製。

初釜では、今年の抱負を書いていただいています。

 

 先ほど、「一箭中紅心 (いっせんこうしんにあたる)」という言葉が社中皆の心に矢を射ったと書きましたが、茶事後のお礼の手紙をひとつ紹介します。

 

 『(この掛物の言葉に)とても感銘を受け、また自分自身を顧みる機会をいただきました。お掛物を背に、始まる、お炭のお点前。幾重にもなった紙釜敷、羽箒、炭台の奉書紙、真っ白なアイテムで構成される演出に、最後に登場する捻り梅の香合。意匠のみで色味は抑えられているものの、まさに真っ白な世界に現れた紅い点のようで、とても感激いたしました。

 高森先生の室礼に、時代を超える了々斎の書が見事に融合したように思えました。この言葉の持つ意味が立体的に起き上がってくるかのようでした。

 表千家の歴代の宗匠の方々も、一席一席に狙いを定め、こだわりにこだわりながら、前に進んでこられたからこそ 今日の茶道があると思うと、深い尊敬を感謝、そして今を生きることへの勇気を感じてやみません。

 ここ三年、私たちは足踏みをしている様に見えながらも、すでに目の前にあるもの、たくさんの当たり前ではない日常の価値とありがたみを感じながら過ごして来ました。ある意味、強さを養ってきた時期だったのかもしれません。あの時からもうすぐ三年。また大きく時流が変わりつつあると感じます。

 ただ単に以前に戻るのではなく、これまで培った強さとともに、前に、己の目指すところにこだわりながら…。そんなことを「一箭中紅心」という言葉から感じずにはいられませんでした。

 (中略)この度のお茶事は、茶道のみならず、私自身の今後の行く末を考えるとても思い出深いものとなりました。茶道で頂いたたくさんの教えを、私も少しでもみなさんに循環できるようにと思いますし、また私がこの世で担当している分野においても還元していきたく思います。』

 

素敵なお手紙なので皆さんの代表で記載させて戴きます。そして、

このお手紙を書いてくれた彼女が中心となり、この夏、私の還暦のお茶事を開くとを企画し、7月23日に開催してくれました。

こんなに嬉しいことはありません。

 

さて、その報告はもう少々お待ちくださいませ。

 

令和4年 朝茶報告

2023年3月8日 Category: blog

こんにちは 今年初のブログです。

令和5年度の初釜も、能の発表会も無事に納め、ホッとしている三月「上巳の節句」の頃です。

去年書きかけのままになっていた朝茶の報告を遅ればせながら掲載させていただきます。お許しくださいませ。

****

 

 今年は暖かい天候が続き、長く秋を堪能していた気がします。

ただ、お茶人さんは毎日の気温ばかりで判断するのではなく、

風炉から大板、中置きと、茶釜の置き場所が、ほんの少しずつ移ることや、障子の隙間からの微かな風の違い、そして床間の花籠に可憐な秋草が盛んに咲いていたのが、徐々にススキが尾花となり、道を歩きながら見上げた空の高さの変化に確かな季節の移り変わりを敏感に感じることができます。

さぁ、朝茶の報告をしましょう。

今年も相変わらずコロナ感染者は、波を打つように増減を繰り返しつつも収束にはまだ時間がかかりそうで、朝茶の頃もちょうど増えていた時期でした。

「必ず伺う」と前礼をくれた3人が、なんと直前に感染してしまったり濃厚接触者になってしまったり。

  

生徒の中に一人、医療関係者のため、この3年間稽古をお休みしていた人がいます。彼女はこの3年で自分の働き方や生き方を見直し、実家へ帰る決心をしました。

「いずれは…」と思っていても、環境を変えるのはとても大変なことです。彼女の「地元に戻り、親の近くで仕事をして、自分が親の面倒をみたい」という優しい想いはすばらしいと思いました。

しかし、いつも明るく和やかな雰囲気にしてくれる彼女が稽古場に居ないことを想像することは辛いことでもありました。

ずっと一緒に稽古をしたいと思っていたのは、本人よりも、私や一緒に稽古をしている仲間たちのほうが強いのかもしれません。

人と人は、永遠に一緒にいることは出来ません。

しかし、心が繋がっていたらどんなに離れていても以心伝心。

そんなテーマから玄関の掛物を選びました。

 南山打鼓 北山舞 (なんざんに つづみをうてば ほくざんにまう)

 「雲門広録」に収められている禅語の一つです。

南の山で鼓を打つと、鼓の音が聞こえるはずもない北の山で、鼓に合わせて舞っている。

 心が通じ合って入れば距離など関係なく一心同体。

 久田宗也宗匠の書かれた短冊です。

寄付きの掛物は、12代即中斎宗匠の横軸 『清風』。

本席も、同じ即中斎宗匠一行 『清風動脩竹 (せいふう しゅうちくをうごかす) 』

即中斎宗匠一行 『清風動脩竹』

 脩竹とは、細長い竹の意味。爽やかな風に吹かれて サラサラと、葉鳴りの音を立てている情景が浮かびます。

 「風」だけでも、「竹」だけでも、音を生み出すことはできない。風が竹を「動かす」ことで、この爽やかな境涯が生まれる。

爽やかな言葉の裏に禅語の深さが響きます。

  

 毎回茶事を開く度に、新しいお道具をお披露目することにしていますが、今回の朝茶では、数ヶ月前に「春慶塗の丸卓」を入手していたので、それに従来のお道具を組み合わせて…と、考えていました。

そう考えていたのに、朝茶の直前に「出会って」しまったのです。完全に一目惚れしてしまいました。長いお付き合いをさせていただいている信頼できる京都高野竹工のギャラリーにて。

まず、待庵の古材を使った「風炉先」、「天王山写し」。妙喜庵の士芳老師の花押も漆で書いていただきました。高野竹工の職人、不窮斎作。

岩清水八幡・男山から天王山を眺めたときの景色を妙喜庵の古材で写したもの。

「天王山」は大山崎の山で、天下分け目の天王山の山崎合戦の舞台。秀吉は天王山に城を築き、利休に2畳の茶室「待庵」を作らせました。その茶室が後に妙喜庵に移築されています。

天王山北西には、細川三斎と古田織部が境に蟄居する利休を見送った場所。

戦国時代から安土桃山時代、生死をかけて生き抜いた武士たちの息遣いが感じられる妙喜庵の古材で天王山の山並みを写した「風炉先」。

茶室全体を山々に囲われた大自然に一気にワープさせてくれました。

そして、「水指」は高野竹工の伝説の名人職人、不虔斎(増田宗陵)作「さざなみ」。

春慶塗の丸卓にこの水指を合わせたい!そう頭の中でイメージのチャンネルが会ってしまったのです。

もう、こうなったら止まりません。

永楽の青交趾、「波」の蓋置きも 初お披露目いたしましょう!

毎年ドキドキの茶花。初日は桔梗朝顔が咲き、

2日目は釣鐘人参・松本センノウ・みそ萩・白河原撫子・糸芒を蝉の花入へ。

桔梗朝顔
釣鐘人参・松本センノウ・みそ萩・白河原撫子・糸芒

主菓子は吉祥寺に本店を持つ亀屋万年堂さんに「玉川」を発注。

亀屋万年堂製「玉川」

干菓子は10年ぶりに、京都亀屋良永さんの「朝露」。朝顔の蕾が可愛い背負い籠に入っています。

亀屋良永製「朝露」

水を打ち清められた露地

  

さて、私からの一方的な報告が長く続いたので、生徒からのお礼の手紙を少し抜粋させていただき、その後に懐石料理を明記し、朝茶報告を終わりましょう。

 Miさんからの手紙です。

 『私たちの住む日本は、こんなに素敵な文化を持ち、それを存分に味わう感性を持っているのだと、とても誇らしく、日常の些細な光景もなんだか違って見えます。(中略)人生には予め決められたシナリオなど何ひとつなく、全てがその時その時の最適な奇跡の連続なのだと深く感じました。お客組み、その日の天候、床の間のお花など・・・普段暮らしている中で、ともすると人間が全てをコントロールしている錯覚を抱きがちですが、決してそんな事などなく、私たち人間も大きな流れの中で、ただ生かさせている小さな存在に過ぎないと感じました。だからこそ、こうしてお茶事に参加できる奇跡に心から感謝し、瞬間瞬間をめいいっぱい味わいながら、五感をフルに研ぎ澄ませて味わっていこう。お茶席で何度もその様に感じました。茶室の中で、清流や山々を感じ、暑い中でも涼を感じ、その場にはいなくても他の社中や作り手さんとも繋がれる。八畳の茶室にいながらにして、空間や時間を超えた広いつながりを感じたお茶事でした。(後略)』

 

参加した皆さんからこうしたお礼のお手紙を頂くことが いつも楽しみでなりません。感謝。

[ 朝茶事献立 ]

 鱧寿司・鰆西京焼・鶏丸・冬瓜煮・巻き湯葉

 薩摩芋栂尾煮・茄子田楽 柚子味噌・花蓮根

 枝豆、蓮芋、玉蜀黍、大徳寺麩の胡麻和え

 青楓生麸・よもぎ麩・車海老

 煮物椀   卵豆腐アーモンド入り  三つ葉  アスパラ  青柚子

 小吸い物  新生姜  梅干 

 八寸    かます風干し   小倉朧昆布

 お湯

令和4年 朝茶懐石

  

さあ、昨年の朝茶報告が無事に済みましたので、しっかりと頭を切り替えて初釜準備に集中します。

今年はワタクシ、「年女」。そう干支全てを一周させて頂きました。

現実に「還暦」を迎えてみると、若い頃抱いていたそのイメージとは全く違いますね。

ここまで健康で、好きなことをして生きさせてくださった全てに、感謝の気持ちを込めて開催したいと思います。

*******

はい。こうして令和5年の初釜も1月最終土日に開催し、

毎年恒例の「尚月会」、能の発表会も無事終了。

今は3月下旬の京都と東京上野で開催される華展の準備中です。

今年の初釜も、素晴らしかった。その報告はいつ書けるのか・・・

楽しみにしていてください。 (笑)

    

   

西武新宿線沿い 西東京市 田無駅より徒歩11分の表千家茶道教室・池坊華道いけばな教室 蓮心会 高森 梨津子

3年ぶりの祇園祭 山鉾巡行。

2022年9月2日 Category: blog

今年2022年、3年ぶりに祇園祭の山鉾巡行が再開されました。

平安時代に厄除退散を祈願して始まったお祭りです。

ちょうど 京都の華道の学校の時期と重なったので、是非観たい!と、山鉾巡行を翌日に控えた23日、仕事を切り上げ新幹線に飛び乗り 23時京都着。宵山の巡行の無事を祈る「日和(ひより)神楽」にギリギリ間に合いました。

「日和神楽」は祇園囃子を奏でながら、御旅所に行き、祇園囃子を奉納する行事です。

「コンチキチン・・」と祇園囃子が。まるで時を超えて耳に届くようです。

↑ この日和神楽の最後に、南観音山(みなみかんのんやま)の御神体・楊柳(ようりゅう)観音像を蓮華の形に作った台座・蓮台に巻き、町内を回ります。山鉾の駒形提灯が灯され、囃子を奉納して晴天を祈願します。

そして24日は山鉾巡行。元々 山鉾巡行は、町の邪気や穢れを山鉾で清め、祇園祭の主神である八坂神社の神様が通る道を作るために行うもの。

「橋弁慶山」を先頭に11基の山鉾が御池通・河原町通・四条通を巡行します。今年は「鷹山」が 196年ぶりに復活するので、皆とても楽しみにしています!

196年ぶりに復活した「鷹山」
新しい白木の香りが漂っていました。
蘇民将来のお札、また粽を帯にさしています。

毎年、蓮心会京都支部長より、祇園祭の特別なお守りを頂きます。

この時期だけ八坂神社や各山鉾町で授与されるもので、翌年の祇園祭まで疫病や災難除けとして玄関先に吊るします。

蘇民将来の御守りと、粽。

毎年違う 山の粽 のお守り。これは 本当に嬉しいです!

『蘇民将来子孫也 (そみんしょうらい しそんなり) 』という言葉が書かれています。さて、皆さんはこの言葉、ご存知でしょうか?

 『蘇民将来』とは、「備後国(びんごのくに)風土記」に書かれた人物名で「昔、須佐雄神(すさのおのかみ)が一夜の宿を借りようとして、裕福な弟の巨旦(こたん)将来に断られ、貧しい兄の蘇民将来に迎えられて粟飯をご馳走になった」ことから、「私は蘇民将来の子孫ですから守ってください」という意味でお守りになったというものです。

大昔は祇園祭に、ちまきにこのお札をつけて、山鉾から投げていたと聞いたことがあります。祇園祭に欠かせないお守りです。

この粽は、藁(わら)を軸にしてクマザサの葉をイ草で三角形に巻き、それを10本で1束にして形が整えられた厄除けの飾り粽。

5月の端午の節句の粽とは違って食べられません。(→端午の粽、とても美味しいのだけど、笑えるほど食べ難い)

いずれのちまきにも『蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)』と記された護符(ごふ:おふだ)が付けられています。

 

生徒から『先生、「孫」と言う字が可愛い!』と言うので良く見てみると、確かに…

「子(ね)」の字は子供を表しています。(元々了の上部は丸で頭を表しその下に腕が左右に一本) その子に、お団子のような小さな子供みたいなのがひっついています。「孫」という漢字は自分の子供の子供という意味だからなのでしょうね。

「子」の字と「孫」の文字

 キュートなところに気が付きましたね。

 感染症が騒がれだした3年半前、師匠の稽古場で『今年は祇園祭は何にもしないのだって!全く京都は観光重視になってしまって、神事の事を忘れてしまったのね、情けないわ〜』と、愚痴を聞きましたが、

すぐその後に蓮心会京都支部長からホッとするお便りが届きました。

『昨日17日はちょうど山鉾巡行の日でした。先生、ご安心下さいませ。今年は山鉾の姿はないですが役員の方々や保存会の方々が榊を持って巡行されたり、かなりの縮小ではありますが粛々と神事を含む祭は執り行われております。皮肉にも今年ほど祭の意味を感じる年はありません。

16日には観客を入れずにお献茶も。今年は表千家の番でした。お茶が疫病退散の祈りに係わっているのは誇らしい気がします。

(中略) 私は 今日、お稽古の日でした。本日も祇園祭の室礼をして下さいました。お送りした御守の香合と蓋置きのお写真を撮らせて頂いたのでお送りします。↓

御守を香合にしたもの。
こちらは、蓋置に。正面の文字は干支だそうです。

先生から『今では香合にしている方も多くいるけど、最初に考えたのは僕だよ。こういうことを考えるのも楽しみなのだよ』と少し嬉しげに教えて下さいました。
蘇民将来も祇園祭についても調べてみるほど奥深く、毎年迷宮入りしてしまいます…』

 ↑ 京都のお稽古の様子も楽しめるお便りをありがとう!

  

3年前は時間が沢山あったので、調べものをしていたら、2008年7月の「華道」月刊紙に祇園祭のことが書いてある記事を見つけました。

『祇園祭のルーツは平安時代中期、疫病の流行を鎮めるため、人々が鉾を手に練り歩いたという。現在のように町内ごとに鉾や山を建てるのは、室町時代から。

今の山鉾巡行は17日と24日の2度行われている。

17日の巡行の前夜祭にあたる宵山が16日に、前々夜祭の15日が宵々山と呼ばれる。この3日間の祭りが前祭(さきまつり)という。

そして「後の山鉾巡行」が24日。その宵山が23日、宵々山が22日。

この3日間の祭りが後祭(あとまつり)と呼ばれている。

要するに私が23日に見たのは、後祭の宵山ということ。

→ 今によく云う「後のまつり」の語源。♪

この絵図は「都名所図絵」↓

2008年7月の「華道」月刊紙

↑「京都の豪商たちが競って山の飾りなど華やかに盛り上げていったが、昭和41年、繊維業界が『長く商売を休めない』」と、一時は山鉾巡行は17日しか行われていなかった時期もあった。」

…「そんなこともあったの〜」と、調べてみると、この記事が書かれた6年後の2014年から後の祭りが再開されたとのこと!

こうして千二百年近く続く歴史あるお祭り。

くじを引かず、いつも先頭と決まっている「長刀鉾」にあやかりたいものだと、即中斎が描かれた扇子も茶席での御馳走です。↓

即中斎が描かれた「長刀鉾」の扇子

7月は京都の池坊研修学院での勉強期間に重なる事が多く、洛中に「コンチキチン…」の音が聞こえる風情は大好きです。

学んでいる週の昼間はもちろん観光は出来ませんが、24日頃夕方17時から3基の神輿は四条御旅所から氏旅社(御供社)を経由し白馬に乗って八坂神社へ神様が帰られます。この道を山鉾巡行は清めていたのですね。

この大切な「還幸祭(おかえり)の御神輿」に縁があり、何度か観ることがあります。静かでとても神秘的な感じがして一番好きです。

今年3年ぶりに祇園祭を(少しですが)間近で堪能することができ、つくづく このお祭りが京都人にどれほどまでに愛され、守られてきたかを肌で実感することが出来ました。

町内の方々が、まるで運動会の我が子の活躍を応援するような気持ちで見守る様子に大感動です。

7月一杯続く祇園祭の最終日、蘇民将来は八坂神社境内にある疫(えき)神社に祀られ、茅の輪をくぐる夏越の祭りが催されます。

「疫神社夏越祭」、祇園祭を締めくくる最後の行事。

「茅の輪くぐり」とは、日本全国の多くの神社で、主に6月30日ころに行われる「大祓」、「夏越の祓」の神事。

そう、

この神事が「蘇民将来」と深く繋がっているのですね〜。

田無神社でも、毎年6月いっぱい「茅の輪」が設置してあり、それをくぐることで、半年の間についた汚れを落とし、残り半年の無事を祈ることが出来ます。

3年前には新型コロナの鎮静を祈る行事が行われました。

祇園祭のことは、深すぎて詳しくは書ききれないなぁ… と思っていたら最適のサイトがありました。↓

http://www.yasaka-jinja.or.jp/event/gion.html

 

大昔からこの、新型コロナウィルスのような疫病は存在していたのです。昔の人は、それを祟りや鬼の仕業と思い、なんとか鎮めようと受け継がれてきた行事。

「花火」も、元々は鎮魂の想いからですしね。

きっと、各地方にも沢山こうしたお祭りは受け継がれているのでしょう。

日本各地で大切にされている行事を、もっといろいろ知りたくなります。

こうした「祈る心」の強さは、きっと絶大です。

「健康」に感謝し「皆の厄除」を祈願する。

人間の根本の 想い を見つめなおしていきたいと思います。

そうそう、三年前には、「伊勢角屋麦酒」の「コロナウィルス退散セット」を戴いたなぁ。

「伊勢角屋麦酒」さんのクラフトビール

「蘇民将来子孫也」のお話は、素盞嗚尊 (スサノヲノミコト) の御神徳なので、伊勢神宮でも大切に受け継がれているのは間違いありませんね。

とても美味しかったです♪

こうして、改まってブログに更新することは なかなか難しいのですが、日常の細々とした報告はInstagramやF.B. で公開しています。

 

西武新宿線沿い 西東京市 田無駅より徒歩11分の表千家茶道教室・池坊華道いけばな教室 蓮心会 高森 梨津子

令和4年 初釜報告

2022年3月7日 Category: blog

新型コロナウィルスの感染が流行しはじめてから、丸2年が経ちました。終息にはまだもう少しかかりそうですね。

3年目、令和4年の今年も感染症対策をしながら、初釜を無事に開催することができました。今日はその報告をしたいと思います。

初釜当日の外腰掛け。苔も年々美しく育っています。

さて、皆さんは茶事を開くにあたって、亭主は最初にどんな仕事をすると思いますか?

茶事はいろいろな、目的があります。

茶事を開く開催者のことを「亭主」と云います。

 

亭主である私は、開催する茶事の目的に合わせて「テーマ」を決めて、道具組を考えることからはじめます。とは言っても道具はたくさんありますよね。

私の場合、「掛物を何にするか」、から考え始めることが多いです。

 

本席の掛物、寄付きの掛物、玄関の色紙や短冊・・など イメージを膨らまして空想していくうちに、少しずつ全体のストーリーができあがっていきます。

今回のテーマは一年の始まりを寿ぐ「初釜」。

今年もコロナ禍で参加できない生徒もいましたので、掛物については その生徒たちのことを心に思いを巡らせつつ悩んでいました。

 

清んだ川の流れは絶え間なくなく流れている」ことを、禅語で「清流間断無(せいりゅうにかんだんなし)」というのですが、これは「絶え間ない修行の大切さ」を尊重している私の想いを伝えている禅語です。

 

今年の初釜も、こんな私の思いを理解してくれている生徒たちが、決して無理をせず、できる限りの範囲で茶事を開き続けたい、という思いを込めて開く初釜なので、「おめでたい」とただ祝うだけではなく、“ 新年を寿ぐ気持ちをじっくりと全身で味わいたい ” と深く思いました。

 

そこで今年の掛物は「閑坐聴松風(かんざしてしょうふうをきく)」にしようと決めました。

 

この言葉は、私が稽古をはじめた頃に先生がよく掛けられていて、初めて先生の茶室をお借りして私が友人を招いて茶道のワークショップを開いたときも、掛かっていたのがこの言葉でした。

先生から、そのとき『ただ座って、茶釜の湯の沸く音、松風を聞く。という意味よ。』と教えられました。

釜の湯が沸くときに、釜の内底に取り付けられた「鳴鉄(なりがね)」という薄い鉄片が、釜の煮えた時になる音を、松林を吹き抜ける音に似ているとして「松風(しょうふう)」といわれます。

静かな茶室で鳴る松風が耳に聞こえてくると、本当に松林を吹き抜ける風がイメージできます。

『閑坐聴松風』。この言葉が好きで、瑞峯院 前田昌道老師の書かれた一行を持っているのですが、数年前 縁があり「表千家 十三代 即中斎筆、十四代 而妙斎が箱書き」の一行物を入手したので、この掛物をお披露目することにしました。

青竹に「結ぎ柳」で新年を寿ぎます。紅白の梅と、椿は「天ヶ下」。

  

これを機に、この言葉を改めて調べてみると、先生にお聞きして 私が想像していたよりもずっと深い意味があることに気づきました。

 

  『林間松韻 石上泉声

   静裡聴来 識天地自然鳴佩』

松風の音を通して「天地の鳴佩」、宇宙の大生命の息吹を聞き

それを合一する堺に 遊ぶこと。

「単に肉の耳で聞くにとどめず、心の耳で聽き、肝でよく味わって しみじみと聴く。」

  

このコロナ禍、色々な情報が飛び交い、何が正しいのか、どうすれば良いのか、分からなくなってしまうことがあります。

 この言葉の意味を深くかみしめ、「こんなときだからこそ、情報に左右させられることなく、皆で一緒に静かな気持ちで今を乗り切りましょう」という、私からのメッセージを込めました。

 

さて、ではお客様が家に入ってすぐの玄関には何を掛けましょう?

茶道の世界では2月は「春」。今年は 寅年ですから、同じ干支に書かれた短冊がないかと探してみると… ありました!

24年前の「戌寅」に尋牛斎がかかれた短冊、

 『幽鳥報賀音(ゆうちょうがいんをほうず)』。

 「静かな山奥深く住む鳥が、めでたい知らせを報ず(運んでくる)。」

「梅梢舒瑞気(ばいしょうずいきをのべる)」という大燈国師語録の対句です。

 

では、寄付は思いきりおめでたい掛物を…と、『瑞色』と銘じられた掛物に決めます。

丸山慶祥が描いた可愛らしい紅梅人形図に、即中斎が「献春」と画賛した実に華やかな掛物です。

寄付で床の間を拝見する社中の姿。

 

今までの初釜は、広間や小間の演出をし、「前茶(先にメインである濃茶をいただき、その後に茶懐石をゆっくりいただく)」で開いていましたが、

今年はなるべく密にならず、サラサラと時間をかけないようにしようと思い、朝茶と同じ「続き薄茶」のスタイルで開催することに決めました。

終始広間での開催ですので、お客様のディスタンスも確保できます。

本席の様子。

では、広間での炭点前になるので、広間で最も改まったときに使用する炭斗である「炭台」に。

羽箒は「黒鷲」。今まで広間で飾っていた「フリフリ香合」も実際に使用し、お披露目することができます!

「ぶりぶり香合」お爺さんとお婆さんが箒と熊手を持ったおめでたい意匠です。

棚は、「紹鴎棚」。利休の師匠、武野紹鴎が好んだ棚と言われています。

利休以前の茶の湯の世界が垣間見られる華やかな大棚です。

「紹鴎棚」右の襖を開けると水指が入っています。

広間での炭点前。
炭がおき、湯の沸く間に「懐石」をいただきます。
今年の干支「寅」の香合。榊原勇一作。今回は床の間に飾りました。

主菓子は、表千家大道の「常盤饅頭(ときわまんじゅう)」。

広間で濃茶。一人一椀に点てます。
濃茶を点てる亭主。

茶杓は 尋牛斎が嵯峨の竹を持って作られた「松風」。

せっかくですので、お濃茶をいただく主茶碗と、お薄用の茶碗を変えましょう。

広間での初釜風景

 

今回は初お披露目のお道具が九品ほどありました。

短冊、掛物、羽箒、紹鴎棚、唐銅の捻梅水指と、香合。

茶器の「高台寺蒔絵」、川端近左作、宗完宗匠の花押があります。

蓋置も千家十職の一人「永楽善五郎」作、「二彩」。目が覚めるよう美しいトルコブルー。

薄茶碗の「乾山写、老松」、杣山焼 です。

社中と作った茶懐石の献立も記しておきましょう。

緑色の利休梅のお皿の上に

・お赤飯

・鯛塩焼き

・海老芋揚げ

・鮭昆布巻き

・菜の花と松の実の白和え

・蓬麩

・黒豆の松葉刺し

・慈姑

・沢庵、柴漬

同じ小皿に、平目の菜種まぶし

器が小さいのが 残念です。両細(杉の箸)も揃っていない写真です。笑

茶懐石のメインである煮物椀は、蓮入海老真薯。

蓮を砕いたものと擦ったのを和歌山雑賀崎の海老と合わせた煮物椀。

小吸物は、自家製の日本酒漬け梅と、香せん(道明寺粉)あられ。

そして、八寸は、蒸し鮑と蕗の味噌漬け。

「八寸」。鮑を蒸すことも試作に苦辛しましたが、ウラジロの入手にも苦労しました。

漬物以外は 全て自分たちで作り、なかなか手前味噌で言い難いのですが…

本当に、美味しくできました!

レシピも書いておきたいところですが、これ以上長くなってしまうと いつまで経ってもアップできないので諦めます(笑)。

今回、「続き薄茶」のスタイルにして、大正解!

11時席入り、密にならず長時間にならず、でも華やかに。正月らしく書初めもして 16時にはお開きとなりました。

今年の初釜では、前日に突然高熱がでた方、同じく子供さんに高熱が出て…と 正に「今どき」らしいアクシデントがありました。幸い二人とも何ごともなく後日復帰しました。

「こうして毎年同じことを繰り返せるということ自体が、実は 奇跡なのだ」ということにあらためて、気付かされました。

茶事を開くための準備の大切さや大変さもいつか、書かねばなりませんね。今回は写真だけに。

毎回茶事の前には、大変な準備があります。
約一ヶ月、毎週、試作を繰り返します。

  

このブログを書いている間に、ロシアのプーチン大統領がウクライナへの侵攻。

この信じられない事態にショックを受けましたが、報道を知った直後の「能」の発表会では「平和」への祈りを込めて一心に務めました。

文化の無力は感じたくない。

「文化」は平和の象徴。

毎日を丁寧に、大切に過ごしていきたいと思います。

令和3年「朝茶事」報告完結編(2)

2021年12月23日 Category: blog

あっという間に年末、クリスマスの季節になりました。今年中に今年の夏に開催した「朝茶事」の報告をしなくては、直ぐに「初釜」の準備に追われてしまいます。(笑)茶懐石からでしたね。

最近、蓮心会のYouTubeで「2020年の秋の茶事」のダイジェストライブ映像を配信しています。併せてご覧いただけると嬉しいです。

 

さて、令和3年(2021)の「朝茶事」の献立は、

・扇面物相型に 新生姜と玉蜀黍の炊き込みごはん、自家製のゆかりを散らして

・鮎の一夜干し

・石川小芋に、胡麻餡をのせて

・オクラ、蓮根、胡瓜、コリンキー、赤パプリカの煮こごり

・和歌山、雑賀崎の小海老

・翡翠茄子、梅肉和え

・琵琶卵

・大根柚子漬

・山芋赤酢漬

を、盛り付けました。

2021年「朝茶事」おかず

煮物椀は、枝豆入簀巻豆腐。越後湯沢の舞茸、冬瓜、青柚子を添えて。

舞茸を少し燻って香りを引き立たせました。

お酒と一緒にいただきます。

 

小吸い物は、茗荷とのし梅。

 

八寸は、和歌山 雑賀崎の鱧と、味噌漬けしたアスパラガス。

和歌山の鱧は、世界一美味しいです!

 

白湯をお出しし、主菓子は「玉の露」。

「玉の露」、涼やかです。

茶懐石のお食事の次は、茶事のメイン「濃茶」です。

暑い季節なので「続き薄茶」のスタイルです。

 

お干菓子は、青漆に紅葉の蒔絵の四方盆に、京都末富製「青楓」と「水」。

 

銘々にお茶を差し上げます。

  

お花は、波多野善蔵さんの鏢の形の花入れに「唐糸草」と「節黒仙翁」の白。

節黒仙翁の白は、とても珍しいのです!

 

早朝の露地に、可愛いお客様が・・

カナブン

 

夏に開く「朝茶」は、暑い夏の日差しが射す前の早朝に開く茶事です。

その昔は、早朝4〜5時から8〜9時頃に開かれていたと聞きます。

夏の涼を楽しむために「続き薄茶」というスタイルで、「濃茶」をいただいた後に「後炭」を省略して「薄茶」をいただきます。

「炭点前」→「茶懐石」→「濃茶」のあと、続いて「薄茶」となるわけです。

茶事はふた時、約四時間。蓮心庵では、朝7時席入り、正午までにはお開きになります。

夏で暑いからと何もしないのではなく、そんな暑い時も楽しむ茶人のセンス。

素敵ですよね。

では、みなさま、良いお年をお迎えください。

令和3年 朝茶の報告 その①

2021年8月20日 Category: blog

 今年、令和3年(2021年)は7月31日(土)と8月1日(日)に、「朝茶」を開催しました。

去年はコロナの影響で稽古をお休みしていたこともあり、いちもより1ヶ月遅い9月に「秋の茶事」を行いましたが、今年は真夏の早朝の涼を愉しむ 8月の「朝茶」に戻しての開催でした。
茶事というのは、いつ、なんどきに開いても良いのですが、準備にとても手間がかかるので、私の蓮心庵では正月を寿ぐ「初釜」と夏の「朝茶」の2回を基本としています。

今年は4年に一度のオリンピックの祭典が開かれていますが、「茶事」は私たちにとっても半年に一度開催される「オリンピック(祭典)」のような行事なのかもしれません。普段、稽古してきたことの集大成をそれぞれの段階に応じて発揮できますからね。

 

それにしても年々 暑さが厳しく感じるのは私だけではないと思います。稽古の準備中も滴る汗を拭いながら「水浴びをしたい」という欲求を絶えず感じていた私・・・。何をしても暑い。ならば、それさえも楽しんでしまおう!と、今年のテーマは「滝」と「水」に… 自然に決まりました。

 

空を見上げるともくもくと湧く入道雲。風でどんどん変わって龍のように見えたり、金魚のように見えたり‥これも夏の醍醐味。見飽きることはありません。

近所の空模様。一瞬も同じ形をとどめていません。

 

そこで、玄関に『夏雲多奇峰(かうん きほう おおし)』という短冊を掛けました。尋牛斎宗筆です。

 

春水満四澤  春は雪解け水があちこちの沢を満たす

夏雲多奇峰  夏は多くの雲が奇妙な嶺に似た形を作る

秋月陽明輝  秋は月が明るく輝き中天にあがる

冬嶺秀孤松  冬は嶺に独り立つ松の姿が際立つ

 

これは 中国 宋の詩人陶淵明(とうえんめい)作の漢詩が原典で春夏秋冬を詠んでいます。とても美しい詩ですね。

 

これを、さらに『禅』的に読み解くと・・私たちの「人生」や「感情」にも当てはまるから凄いのです。

『いっ時の辛い時や苦しい時、悲しいこと、怒りに震えることががあったとしても、季節が巡るようにいつか過ぎ去り、同じところにとどまってはいない。』

たとえ今ある状況が どん底だと思っても、『ずっとそこには留まってはいないよ。必ず四季と同じように巡って行くから 前を向いて歩いて行こう!』と、励ましてくれるようにも感じます。

『ものごとは、一方からだけでは真実は見られない。』という禅的視点を学ぶことができることが、わたしにっとて茶道の魅力の大きな一つです。


さて、「寄付き」に今回のテーマである『滝 直下三千丈』大徳寺派 宗鏡寺の雪尾 要道和尚一行。宗鏡寺は沢庵和尚ゆかりの寺だと聞きました。

「寄付き」床の間にお道具の箱書き。手つきの莨盆と、漆塗りの団扇。

目の前に落ちる滝を感じることで、皆さんの心も洗われたかな?

 

お客様は 露地草履に履きかえ、寄付きから「露地」へ。

蹲踞の水をあらためて、踞い、お客様を無言で向かえます。

席入りし、お客様と亭主がここで初めてご挨拶をします。床の間には掛物のみが掛けてあります。

『雲収山嶽青 (くも おさまりて さんがく あおし) 』

これは『古尊宿語録』にある言葉。

『恁麼(いんも)ならば則ち 日出(ひい)でて 乾坤(けんこん)輝き、雲収まりて山岳青し。』

「… 朝になって夜が明け太陽が昇ると、万物がその光を受けて生き生きと精彩を放ち、世界が明るく輝く。

 雲が消え去り、青々とした山が見えてきた。」

はい。これも勿論、禅的な解釈ができます。

山を『仏性』、雲を『煩悩』。  想像してみてくださいませ。

 

私は、今回「この感染症の不安が収まり、晴れやかな日常がおくれる日が戻りますように」という想いで選びました。

「大徳寺48世 宙宝宗宇筆  12代 惺斎宗匠」の箱書きがあります。素晴らしい文言です。

「初座」の床の間。掛物のみです。

 

「茶事」のメインは「濃茶です」。ですから、そのお濃茶を美味しく召し上がっていただくために、まず炭でお湯を沸かします。そのために、お客様の目の前で炭を注ぐ。このオープニングとも言える儀式を主客一緒に楽しむ。それが「炭点前」です。

炭斗は利休好みの 油竹網代。利休好みのものは全て見飽きることのない、流行のない、そして使用するたびに味わいが深くなります。

430年以上前から清流が間断なく流れるように、脈々と伝えられ「今」に続いていると思うと改めて利休さまの審美眼に感動します。

 

炭点前の時の最大の楽しみが「香合」。

今年は竹で出来ている「月形」の香合。側面に源氏車と観世水の蒔絵があり、蓋を開けるとお香を入れる部分が「月」の文字に見立てた銀の縁になっている。この月という文字のデザインは、あの桂離宮の襖の手がかりに使われている意匠と同じもの。私も桂離宮でそれを見たときは『私の香合と一緒!』と感動しました。久しぶりのお目見え。京都の高野竹工さんの不窮斎さんの作品です。

 

炭点前の後は、「茶懐石」。「濃茶」はとても美味しいのですが、空腹でいただくのは胃に優しくありませんので。お濃茶を一番美味しく頂いてもらうための素敵な順番です。

七時席入りから約一時間強。ちょうど、朝ごはんの時間です。

茶懐石は、社中が私の教授職受理のお祝い茶事を開いてくれてから、懐石を全て自分たちで作るようになりました。

新型コロナの流行から「吸物八寸」のスタイルにして、これも数を重ねるごとに「このスタイルもいいね!」と思います。試作を重ねる度、自信もついてきます。

暑い中、庭の手入れも、懐石の仕込みも、社中が協力してくれました。

 

全てを報告するには、長くなりすぎますので今回はここまで。次回は茶懐石からの報告をさせていただきます。

少し時間がかかりますが、気長にお待ちくださいませ。

 

日々の稽古や、生徒の作品、ワークショップの様子などをF.B.にアップしています。
*最近 教室と個人のページを一緒にしました↓

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是非ご覧ください。

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西武新宿線沿い 西東京市 田無駅より徒歩11分の表千家茶道教室・池坊華道いけばな教室 蓮心会 高森 梨津子

 

令和3年 連合華展の報告..など

2021年5月22日 Category: blog

一年ぶりに第88回池坊東京連合支部いけばな池坊展が、今年3月21日より 30日まで、開催されました。

私は2期の23・24日に 「四海波(しかいなみ)」 という花器に「生花・逆勝手」という指定で特別席に出瓶させていただきました。

『四海波 静かにて 国も収まる時つ風〜君の恵みぞ有り難き‥』。 

謡曲「高砂 (たかさご) 」の一節にあり、『波風がおさまって天下国家が平和なことを祝う』もので、私も生徒の結婚式で謡わせていただいたことがあります。

四方形の口つきは、「天下」を意味する四海を表し、角形の胴には四つの丸鐶と丸耳があり、「八方円満」を象徴す美しい形になっており、四十三世池坊専啓好みの生花 (しょうか)用の花器です。

謡と同じように、花器も『波風が収まり、世界の平和を祈願する』思いを込められて造られたそうで、昨年4月に、京都六角堂にて専永宗匠が感染症の終息を祈って菊の生花を本尊如意観音菩薩に供えられました。菊の花言葉は「傲霜 (ごうそう) 」。

「傲霜」 とは、晩秋に大方の花が散ってなお、霜を恐れず花を咲かせる姿から、外圧に屈せぬ気骨ある人物に喩えられる言葉です。

傲霜の「傲」は誇り高く屈しないことを意味し、霜に負けない菊の姿を、新型コロナウィルスに屈しない人の姿に重ねて、感染症に負けないという思いを込め生けられたそうです。

供花にあたり、家元は、

 『このたび、日本のみならず世界規模で猛威をふるっております新型コロナウイルス感染症の脅威は、私たちの日常を大きく揺るがす事態となっています。目に見えない脅威にさらされている私たちの心もまた、日々、やり場のない恐怖に冒されつつあります。この大禍に際し、僧侶として、また、花の道に生きる者としてできることは、心からの祈りを込めた花をいけることと心得ました。
本日4月17日、明日18日は、観音さまの縁日でございますれば、当山のご本尊であられます如意輪観世音菩薩に花を奉じ、新型コロナウイルス感染症により尊い命を落とされた方への慰霊と、一日も早い感染症終息のご縁をいただくべく、あたう限りの祈りを込め供花を勤めさせて頂きます。
 また本山は、見真大師(親鸞聖人)が百日の参籠をされ、観音様の夢告を受けられたとされる地でございます。このご縁にあやかり、新型コロナウイルス感染症の打開と、世の安寧が得られますことを切に祈ります。』 と述べられました。

四海波に、黄色の菊をいけられる家元

四海波に、白色の菊をいけられる次期家元

 

四海波に生けられた生花は、本尊如意輪観世音菩薩に供えられました。

 

今このような大変な時期、私がこれまでいけばなを学んできたなかで、深く感銘し、一番伝えたいことがあります。

それは、生け方のノウハウだけではなく、池坊の根底にある 「命をみつめる」 という姿勢です。

どんなに人間界が混乱の中にあっても自然の巡りは何一つ変わることなく、冬を越せば草木は芽吹き花を咲かせます。

花が咲いている時間はわずかです。しかし、その美しい姿を見せる時間よりも実はずっと永い時間、根を張り、葉を広げて栄養を蓄えているのです。

機が熟して花芽をつけるまで。

  

私は寒中 花の蕾が、膨らみ 木からドクドクと呼吸する声が聞こえる冬の桜の木が大好きです。

どんなに寒くても、勇気を頂き、春の兆しを感じます。

頼もしいまでの自然の営みが、安心感を与えてくれるように、私たちは花を生け続けることで、人々に安らぎや 明るい光となること を願います。

「専応口伝」 という 池坊に伝わる伝書は

『ただ綺麗な花を挿すのではなく、心の風景を込めて生けなさい』 と伝えています。

池坊いけばなの教えは、『花を生ける技術だけではなく、正しく心を育むことができれば、我々も必ず美しい大輪の花を咲かせることができる。』 という 『道』 の教えなのです。

  

今回3月は華展が開催されましたが、5月の華展は中止となりました。

このような時節には、私たちは綺麗な花を咲かせることだけにこだわらないで、寒中の桜のように、心の根を張ることに集中する時期なのだと思います。

花を生ける者にとって、「生けられた花はその人自身」です。

そんな、壮大な思いを胸に今回の作品を生けました。

作品↓

私の作品木瓜。「生花・四海波・逆勝手」

 

大それたことを書きましたが、花を購入し、それを広げたときは目の前が真っ暗になりました。

とても厄介な激しく暴れた枝ぶりの花ばかりだったからです。

「またもや、大変な試練が始まった・・」と 数時間絶望感に負けそうでした。

今だからこそ笑っていられますが、作品を生けあげるということは、その最後の瞬間まで、実は全く気が抜けられません。本当に真剣勝負です。

まあ、その緊張感もいわゆる 「生みの苦しみの醍醐味」 なので、慣れることはない試練であり、また快感でもあるのでしょう。ハハ。

 

そうそう! 5月の本部華展が中止になったことで、今月末までフェイスブックでインターネット華展を開催しています!私も私の社中も出瓶しますので、是非ご覧ください。

日々の稽古や、生徒の作品、ワークショップの様子などをF.B.にアップしています。
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